愛してる

「はは…拝啓から始まってんのに最後は敬具じゃねぇのかよ…」
寂しさを紛らわして変なところにツッコむ。
そういえば彼女に愛してるって言われたのは2回目だな。
口頭で言われたことはないけれど。嬉しいなあ。
『ごめんね、愛してるよ紫苑くん。』
これが最初で最後の彼女からの告白だと思っていたのに。
『私を忘れないで』だってさ。
忘れるわけない。忘れるわけないじゃん。
こんなにも大好きなんだから。
嗚呼。ダメだ。
やっぱり戻ってきて欲しい。
もう1度笑って欲しい。
話しかけて欲しい。
彼女の体温を感じたい。
走馬灯かと思うほど綺麗に彼女との思い出が流れてくる。
大雨の日に2人して傘を忘れて雨音が鳴る中笑いながら走ったり。
初めての彼女の料理は塩と砂糖を間違えて大惨事だったり。
ああ、お祭りに行った時の彼女の浴衣は可愛かったな。
もう大丈夫だと思ったのにだと思ったのに無理かも。
何かが切れたように目から水が溢れてくる。ポタポタと大事な彼女からの手紙に涙が落ちてゆく。
止まらない。段々と嗚咽が混じる。視界がボヤけて手紙の文字なんて見えなくなる。
そしてとうとう何も考えられなくなってひたすらに泣いた。
こんなに泣いたのはいつぶりだろう。それを考える頭も脳みそも今の俺には無い。
「戻って来いよ…」
弱々しい声が喉に引っかかがりながら出てきた。
しかし、彼女を呼び戻すことはできなかった。 必死に目を抑えて止めようとする。
けれど涙は腕をつたって落ちる。荒れる海のようなこの感情はしばらく続いた。


泣き疲れてすぐ隣の壁を眺める。
大好きな彼女の最後の手紙は想像を超えるほど泣けた。
俺は人の感情にも自分の感情にも疎いと思っていた。泣けると評判の映画も泣いたことが無かった。
だからスッキリして疲れが取れた気がした。最初で最後の俺が愛した人。
これからも彼女を超える人と会えることは無いだろう。俺の目も心も初恋も奪った女性。
「好き」この二文字を言うのが難しかった。
何度も悩んで彼女に初めて口にしたこの言葉。
彼女と付き合い初めて何ヶ月も経った今もこの感情は変わらない。

愛してる。

ここまで人を愛する日が来るなんて夢にも思っていなかった。
少し手紙の撫でると小さく音が鳴った。
そこで手紙が二枚あったことを思い出した。三河紫苑への手紙はもう終わったはずだ。だからこれは俺への手紙じゃないはず。
そっと上の方だけ見る。そこには

拝啓 美来へ

と書かれていた。
これは俺が見ていいものじゃない。
見たい気持ちを抑えてこの浅山宛の1枚だけをお守りの袋に戻した。
この俺宛の手紙は大切にしよう。そう心に決めて机の奥にしまった。きっと将来、心が折れそうになったら見るだろう。