待ち合わせ場所は駅前のオシャレなカフェ。
待ち合わせ時間まで後10分。
店員が俺を2人席に案内する。
歩道が見えて太陽の光が差し込んでくる。
1歳ぐらいの男の子と手を繋いでいる妊婦さん。
男の子の目線は母親の膨らんだお腹にあった。もうすぐ兄弟が産まれるのかな。
あっちには買い物帰りらしきサラリーマン。サラリーマンにしては荷物が多い。家族の分まで買ったのかな。
サラリーマンの数メートル前にはゆっくりと1歩1歩進むおばあさん。この人も買い物帰りだろう。
サラリーマンが目線をあげる。
躊躇いもなくサラリーマンがおばあさんに話しかけて荷物を持ってあげる。
すでにサラリーマンも荷物が多いのに気にせずおばあさんの荷物を持っておばあさんに笑いかける。
なんか良いな。名も知らない相手への好感度が上がった。
少し見つめてから、なに人間観察してるんだ俺。と、我に返った。
ガラス越しに頬杖をついた自分と目が合う。
すると自分の後ろに細身の男が来た。
笹野蒼か。
「あの、紫苑くん?ですか?」
相手が先に話しかけてきた。
「はい、えっと笹野蒼さんですよね。」
と俺か問いかけると
「はい。」
低い声で笹野蒼が言った。
俺の質問に答えてから笹野蒼が向かいの席に座る。
笹野蒼はいわゆるイケメンの類で、高身長。薄い黒のシャツに濃い黒のジャケットを合わせておりファッションセンスも良かった。
落ち着くような低い声でまつ毛が長い。
真っ黒でところどころハネた髪が肌の白さを強調させていた。
そんな肌は白さに合わず腕には血管が2本ほど浮き出ている。
モテるんだろうな。
「俺、三河紫苑です。四葉の彼氏でした。」
“でした”この言葉が過去形というだけで自分で言っておいて結構ダメージを受ける。
「四葉と同じ学年です。笹野さんは1個先輩ですよね。全然タメでいいっすよ。」
ダメージを受けたものの気にせず続ける。
「あ、そう?分かった。」
「なにか頼みます?」
メニュー表を渡す。
笹野蒼が長く細い指で柔らかにページをめくって目を通す。
何気ない動作も彼がやるだけで雑誌の1ページのようになってしまう。
「そうだな。アイスコーヒーにしようかな。」
頼むものもカッコイイのかよ。
妬んでから店員に見えるように手を上げる。
気だるそうな店員が机まできてご注文をどうぞと言った。
「アイスコーヒーとレモネードを1つづつください。」
承知しましたと言ってから踵を返す店員。
ふぅと覚悟を決めて口を開く。
「早速本題に入りますけど、四葉が自殺しました。」
反応が薄い。
「そうだったのか。」
もしかしてこいつ知ってた?誰から聞いたんだろうか。
「メッセージでも思いましたけど笹野さん知ってましたね?四葉の自殺。」
ピクリと笹野蒼が反応する。
「まぁ、風の噂でちょっとね。」
この様子じゃ噂の元を言うつもりは無さそうだ。
「それで、SNSってなんのことすか。」
まっすぐ笹野蒼を見る。
笹野蒼と目が合うが逸らされる。
「知らないの?これ。」
スマホを操作して1つの画面を俺に見せる。
「これ、四葉のアカウント…?」
笹野蒼が見せてきたのは中高生に人気のSNSアプリだった。
ユーザー名はよつば。
平仮名で可愛らしいフォントだった。
写真や一言の投稿、個人メッセージに匿名チャットなどたくさんのことが出来るアプリだ。
笹野蒼が言う「四葉のアカウント」はフォロワーが2万6千人という高校生にしてはフォロワーが多いアカウントだった。
笹野蒼からスマホを受け取り操作して四葉宛のコメントや匿名の質問を見ていく。
四葉が
【下校中!今日は天気良くて歩いてて楽しい!!たまには散歩するのもいいな〜】
と投稿すれば
【四葉ちゃん!今日天気いいよね〜】
【こっちは小雨降ってるよお〜】
【自撮り写真投稿して欲しい!!】
などのたくさんのコメントが届く。
四葉の投稿に毎回反応してるアカウントも少なくない。
四葉は流行りのダンスを踊っている投稿や友達との写真、自分の後ろ姿など様々な投稿をしていた。
匿名の質問に答えて投稿することが出来る機能を使って1日に1回以上は質問に答えていた。
【四葉ちゃんは彼氏いるんですか!?】
【んー、ご想像にお任せします〜】
【元彼何人?】
【0人から10人の間でーす】
と器用に答えていた。
色んな投稿やコメントを見ていると
「紫苑くん。ちょっと貸してみ。」
俺の手からスマホを取ると操作して俺に見せてきた。
笹野蒼が見せてきたのは約3週間前の四葉の投稿だ。
四葉と浅山が写った写真と共に
【大好きな親友ちゃんと1枚!!これからも仲良くしてね〜】
とメッセージがあった。
「コメント見て。」
笹野蒼に言われた通りにコメント欄を見る。
【キモすぎ、そんな自分を見せたいの?そんな可愛くもないくせに。】
1番上にはこんなコメントがあった。
1万人以上フォロワーがいたらアンチコメントがあるのも当然だがここまで直球とは。
そのコメントが原因でアンチ対ファンの壮絶な論争が繰り広げられていた。
【は?自分が醜いからってひがみ?】
【四葉ちゃんが可愛いのが羨ましいんでしょ】
【だいたい、この女のどこがいいの?よく見たらそんな可愛くないじゃん】
【目腐ってんじゃない?】
【ほんと自分の写真を載せる意味がわからない】
もはや誰が誰に言ってるのか分からない。
正直こいつら全員を容疑者に吊し上げてしまいたい。
でもそれはまだだ。
真犯人を見つけるまで。
「無秩序だよなあ。」
笹野蒼が呑気に言う。
ふっと鼻で笑って外を見る笹野蒼に腹が立つ。
また俺からスマホを奪って匿名質問の画面を見せる。
【お前友達への態度終わってんな】
友情?恋愛?俺と浅山のことか?残念ながらいつの質問かは書いてない。
そんな質問に対して四葉は
【そっかぁ…】
肯定も否定もしない。ただ少し寂しさは感じる。
四葉らしい回答だと思った。
全部の質問に曖昧に返して謎が多くて追いかけたくなる。
四葉だなと思った。
「これ美来…ちゃんのことかな。」
「そっすね。断言できねぇすけど」

【蒼くん。今日電話する約束だったよね?】
突如通知が来た。笹野蒼のスマホに。
彼女か。これはスマホを返した方がいいだろう。
「あの、通知来たんすけど彼女さんですよね。」
スマホの画面を見せると蒼は怪訝な顔をした。口調は冷静だったが、その瞳には深い不快感が滲んでいた。
「ああ…結愛か…彼女じゃないよ。」
口調は冷静だったが、その瞳には深い不快感が滲んでいた。
「笹野さんってフレンドリーっすよね。さっきも俺のことすぐ名前呼びしてくれたし結愛さん?も呼び捨てだし。」
話を変えたくて全然興味も無い話題を振った。
「あー、親友とか彼女とか元カノとかの他の人とはちょっと違う関係の人は呼び捨てにしてるんだよね〜なんかそっちのが特別感でるじゃん?」
“特別感”
結愛さん元カノなのかな。
「蒼?」
上から声がした。声の主は知らないギャル。
色素の薄い髪にピンクのネイル。そこまで派手では無いが付けまつげに着崩した制服。
こういうのを清楚系ギャルというのだろうか。
「何してんの、てかカラオケ行こーよ。」
「サリナじゃん。また学校に呼び出しくらったの?」
「そー、まじ面倒くてダルいからさ、蒼〜遊びに行こうよお。」
笹野蒼が笑っていた。あ、こっちが彼女か。これはこいつカラオケ行くわ。
「あー、紫苑くん悪いんだけどこいつに付き合っていい?今度また連絡するからさ!」
俺との話よりもこっちのが楽しいのは分かる。でも知り合いが死んだのにそこまで何も思わないのか?
四葉、君の中学校時代はどんなだったんだよ。
「あ、全然大丈夫です。行ってください。」
「ごめんねー。」
サリナさんと腕を組んで楽しそうに店を出ていく。
その姿が結構妬ましがったりする。
でもそれよりも怒りが勝った。
なんでそんなに適当でいられるんだよ。
知り合いだろ。知り合いが死んだのにその態度かよ。
そこまで興味ねぇのかよ。
なんでこんなにクズな輩が四葉のそばにいたんだよ。
ほんとに嫌だ。また吐き気がした。
どうにか紛らわしたくて笹野蒼に教えてもらった四葉のアカウントを開いた。
そこにはさっき見れなかったものがあった。出来れば見たくなかったが。
その投稿は四葉のアカウントのものじゃなかった。
勝手にファンと名乗っている女の投稿だった。
【は!?四葉ちゃん男と歩いてたんだけど!?意味わかんない】
その投稿には四葉と男が並んで歩いていた。
俺はこの男を知ってる。四葉の親戚だ。5つ上のお兄さん。俺にも良くしてくれた。お兄さんは童顔だからよく同い年に間違われていた。そのお兄さんは今海外にいるが。
そのお兄さんと四葉の写真が出回っていた。
ファンを名乗る女が出したこの投稿にはたくさんのコメントがついていた。
【彼氏持ちかよ。だったらこんなSNSなんてやんなよ。】
【素直に喜べないんだけど】
【彼氏の話頑なにしなかったのこういう理由?なんか幻滅】
もちろんほとんどは祝福のコメントだった。
だけどアンチコメントの方が目立ってしまう。
見たくないのにコメントを見る手が止まらない。
まるで四葉は芸能人のようだった。
違うのに。ただの一般市民なのに。
勝手にファンになって勝手にアンチして。勝手に妬んで傷つける。
何もしていない人を。
芸能人でもない四葉を傷つける。
顔も知らない学校も違うやつにも認知されて四葉に雑言を浴びせていた。そのせいで恋人を作ることも許されない。
四葉のことをなんも知らねぇくせに。インターネットに書いた言葉は残る。四葉への罵詈雑言をたくさん見た。吐き気がするほどに。
なんでそこまで言えるのかが分からない。どんどん怒りが湧いてくる。
誰かも分からないアカウントから永遠に暴言が送られてくるのがどれほど苦痛だっただろう。しかもアカウントは一つじゃない。何個も何十個も。毎日毎日。
人間、自分が楽しけりゃ周りには興味ない。
だからアンチしてる側が楽しいのなら収まることを知らない。
こんなものを生み出してしまった現代社会がそもそも間違っていた。
心底そう思う。
俺はこれまでSNSを娯楽としか見ていなかった。
ここまで闇が渦巻いてるなんて。
SNSには社会が詰まっていると思う。
あんなの兵器に等しい。
常人が持っていいものじゃない。使いこなせないくせに。
俺らはインターネットがある環境に慣れすぎている。そんでインターネットを上手く使えないクズのせいで四葉は自殺を選んだ。
この世にあるべきものじゃない。
だが匿名をいい事にクソみたいなことしやがって。1人を寄ってたかって殺しにかかって。
四葉に男がいるって分かっただけで被害者ヅラして変な噂を流して。
真実かなんかどうでもいいんだろうな。
なんで人の肉体は殺しちゃいけないのに心は殺していいんだろうか。
その答えは一生見つからない気がした。
ため息がでる。
クズが。
クズしかいねえ。
感情が高ぶっていることに気がついた。ダメだ。こんなんじゃ犯人にたどりつけない。
冷静に考えることにした。
しかし、やはり収穫は無かったと思う。強いて言うなら笹野蒼はモテるくらい?
特別な人には呼び捨てかぁ。
笹野蒼との会話をもう一度最初から思い出す。
あれ。
どこが引っかかってる気がした。
その正体が分かってしまった時俺は即座に電話をかけた。