「家、頑張れば歩いて帰れる距離だよね」
「うん。電車の方が早いけど……」
「じゃあ、駅まで送っていく」

 宇佐が歩き出すので、慌ててその背中を追った。隣に並んで歩くのは何だか緊張する。夏休み中は会えないと思っていたのに、なんて幸せなのだろう。

「話したいことって……?」

 思い当たる節がないので聞いてみた。〝ラプラスの悪魔〟関連の話だろうか。わざわざ話す時間を作るくらいだから、余程緊急なのかもしれない。
 しかし、ちらりとこちらを見た宇佐から出てきた言葉は、由麻の予想したどの言葉とも違っていた。

「夏休み中、花火大会があるんだ」

 そういえば、学校の掲示板にチラシが貼られていた。年に一度この近くである大きなお祭りなので勿論知っている。それがどうしたというのだろうと思い宇佐の次の発言を待つ。

「長瀬と長瀬のクラスの女子が一緒にその祭りに行く。それを止めてほしい。正確には、その祭りに付いていって、長瀬と女子が二人きりになるのを止めてほしい」

 他でもない宇佐の頼みだ。できることなら力になってあげたい。でも、それはあまり現実的な案ではない。由麻が五組の教室にいたのはほぼ茜の付き添いのようなもので、由麻は五組の女子たちと仲が良いわけではないのだ。

「私が急にお祭りに一緒に行きたいって言い出すのは不自然だし、長瀬さんのグループの女子たちからしたら邪魔だから断られると思う。それなら長瀬さんと仲が良くて五組の女の子たちとも面識がある宇佐さんが一緒に行くって言った方が早いよ」
「俺じゃだめなんだよ」

 宇佐が吐き捨てるように言った。

「予測してる俺には予測した未来を変えることができない」

 宇佐は何だか苦しそうな顔をしていた。過去に未来を変えられずに嫌な思いをしたことがあるのだろうか。
 そこでようやく、由麻はわざわざ宇佐が会いに来た理由を理解した。

「私に変えてほしい未来があるってこと?」

 彼は期待しているのだ。初めて自分の予測の範囲外のことをした由麻であれば、予測を覆せるのではないかと。
 宇佐は気まずそうに目をそらす。

「正直、ぎりぎりまで迷った。江藤さんなら覆せるかもって思ったけど、そんな保証はどこにもないし、失敗した場合江藤さんが責任を感じることになるから」
「失敗したらどうなるの」
「五組の女子一人が自殺未遂をすることになる」


 鳴き続けるセミの声がうるさく感じた。じりじりと照りつける太陽のせいか、額を汗が伝う。
 事態は思ったより深刻らしい。不自然だの何だのと体裁を気にしている場合ではなかった。


「……分かった」


 そう言うと、宇佐が少し驚いたようにこちらを見た。


「……予測通りだ」
「その割にはびっくりした顔してるね」
「いや、こんな頼み無茶振りだから。もしかしたら違った反応が返ってくるかもと思ってた」
「何で? 人が危ない目に遭うかもしれなくて、宇佐さんはそれを止めたいって思ってるんでしょ。だったら私は協力するよ」


 そう言ったところでふと思いつき、少し立ち止まって隣の宇佐に交換条件を出す。


「代わりに、宇佐さんに一つお願いをしてもいい?」
「え?」


 ちょっと驚いたような声が返ってきた。不思議に思って聞き返す。


「あれ。これは予測外?」
「……そうだね。江藤さんがこれから何を言うのか分からない」


 “ラプラスの悪魔”とやらは、意外と精度が悪いのかもしれない。


「そのお祭り、宇佐さんも来て」


 由麻にできる精一杯の我が儘だった。宇佐には彼女がいるので二人で出かけることはできないが、複数人での遊びに誘うならセーフだろう。
 宇佐と会えない夏休みはすごく長く感じる。自分も宇佐との夏の思い出がほしい――そう思って試しに要求してみた。駄目元のお願いだったのだが、宇佐はきょとんとした後、ふっと柔らかく笑った。


「それだけ? 江藤さんって面白いね」


 間近で見る好きな人の笑顔。仕舞っておかなければならない恋情が溢れそうになるのを必死に堪えた。