文化祭当日。天気予報が曇のち雨だったので不安だったが、予報に反して朝からからっと晴れた。
 天気が良かったので、朝早めに学校へやってきて垂れ幕を垂らした。装飾部門の生徒たちとは、結局最後まであまり会話を交わさなかった。特に由麻に文句を言ってきた女生徒はあの一件から怯えきってしまったらしく、廊下ですれ違ってもすぐに目を逸らしてきた。

 あの日吉春から来た連絡は、文化祭実行委員の当日の役割分担についてだった。『一緒に見回りやろ』と言われたので見回りに希望を出した。別に断る理由もなかったのと――コンビニでアイスを買ったあの日のように、吉春が傍にいたら元気になれるかもしれないと思ったから。
 吉春から聞いた話だと、宇佐は文化祭に来ていないようだ。それどころか、数日前からずっと学校休んでいるらしい。香夜と一緒にいるのだろう。自殺するような精神状態の香夜を放っておく方がおかしい。

 射的やお化け屋敷へ行ったり、たこ焼きを一緒に食べたりした。迷子の案内もした。吉春とのことは既に散々噂されているので、もう何を言われても構わないと吹っ切れている。二人でいるところを見られても何も思わない。
 一通り楽しみ、空が夕焼けで赤く染まってきた頃、ふと吉春が時計を見て言った。

「そろそろミスコン結果発表じゃね?」
「あ……そうだ。行かなきゃ。ごめん、後の見回り任せていい?」
「おっけ。待っとく」

 首からぶら下げていた実行委員のネームプレートを吉春に預けた。

「俺、由麻ちゃんに入れたから」
「……投票してくれたんだ」
「俺にとっては一番かわいーもん」

 う、と返答に困る。こういうことをサラッと言えてしまうところもモテる理由なのだろう。



「後で合流しような」
「……うーん……」
「何躊躇ってんだよ。今日ずっと一緒にいたんだし、後夜祭も同じだろ」
「……分かんない。何を躊躇ってるんだろう、私」
「なんだそれ」

 吉春がぷっと噴き出す。
 話し込んでいると時間がギリギリになってしまい、「投票してくれてありがとう」とだけお礼を言って、更衣室まで走った。
 発表の際は、準備された衣装の中から好きなものを着ることができる。ミスコン参加者は、伝統的にその衣装のままキャンプファイヤーに参加することが多い。少し恥ずかしいが、伝統なので大人しく衣装を選んだ。
 一瞬、香夜の大学一年生時のミスコンでの衣装が脳裏を過ぎる。黒い蝶の柄のドレスだった。よく似合っていた。何となく、黒の衣装に手を伸ばそうとして――やめた。

(もう、香夜さんを意識するのはやめるんだ)

 由麻は白のドレスを着て舞台に上がった。


 ミスコンは友達が多い方が有利だ。普段から親しくしている生徒がほぼ茜しかいない由麻は圧倒的不利だった。しかし、吉春との噂で注目が集まっていることや、リコたち五組のリーダー格女子が由麻を推したことから、見事三位に輝くことができた。少数だが、同じ文芸部の部員からも票を獲得できたおかげもあるだろう。
 もっと低い順位であることを予想していたので驚きつつ、マイクを受け取って『投票してくれた方々、あと、美容について色々教えてくれたリコや茜のおかげです。ありがとうございます』と深々とお辞儀をした。観客席の向こうで、茜が大きく手を振っているのが見える。リコも何やら満足そうに頷いている。あんなに可愛くて親切な彼女たちが出ていたら、由麻はもっと下の順位だっただろうと思った。

 外は暗くなっていき、校庭にお洒落なジャズが流れる。キャンプファイヤーが始まった。燃え上がる火を見つめながら、吉春と待ち合わせている場所に向かって歩を進める。

(これでいいのかな)

 足が重い。由麻の心がこの展開に抗おうとしている。

(あんなのきっとただの、恋愛好きな生徒が広めた作り話なのに。何を気にしてるんだか)

 後夜祭のキャンプファイヤー中に告白したら、必ず成就するという話。去年はそんなこととは無縁だったので、茜と一緒にキャンプファイヤーを見た。あの頃は気楽だったな、と思い出しているうちに、吉春のところに辿り着く。

「三位おめでと」
「うん……。まさか三位とは思ってなかったよ」
「由麻ちゃん、人を引き付ける独特の魅力あるからな~」

 向こうで、燃え上がる炎が踊っている。炎の周辺では音楽に合わせて生徒たちが楽しそうにダンスしている。
 いよいよ、長かった文化祭も終わるのだ。