夏休みが明けた。夏休み中はバイトばかりしていたが、学校が再開するのでシフトを減らしてもらった。面接時に学校が始まったらあまり入れないと店長に前もって伝えていたため、向こうもそれは分かっていたようで、あっさりと了承を得られた。
 ずっと学校の再開を楽しみにしていた由麻は、わくわくしながら学校へ向かった。宇佐と会えるからだ。
 というのも、夏休み最終日の一週間前の夜、宇佐から電話がかかってきた。

『月曜日、始業式の後もし時間あったら音楽室来て』

 たったそれだけの用件を伝える短い電話だったが、久しぶりに宇佐の声が聞けたのだ。


 校長先生の長話、先生からの連絡事項のみで終わった始業式。その後は学校全体での大掃除があった。
 由麻は教室のモップがけだ。鼻歌を歌いながら掃除していると、トイレ掃除が早く終わったらしい茜が教室に戻ってきて、「何かご機嫌だね?」と不審がってきた。

「そうそう、由麻ぁ、聞いてよ。最近長瀬くんとめっちゃDMしてるんだ~」
「……気まずくないの?」
「友達として今後も仲良くしていこうって言われたんだもん。拒絶されてない分チャンスじゃない?」

 宇佐にフラれたら立ち直れないし連絡なんてできない――だから告白は絶対にしないと決めている。茜のポジティブさが少し羨ましかった。

「長瀬くん、返信速いのもポイント高い。こまめに返してくれる男子ってなかなかいないじゃん」
「そういうもの?」
「あたしの経験上、どうでもいい男子の方が連絡マメなんだよねぇ」

 由麻と茜では恋愛経験が違う。中学生の時から宇佐に片思いし続けていて彼氏などできたこともない自分と違って、茜は大人に見えた。

「そうだ由麻、今日お昼ごはん一緒に行かない? リコと約束してるんだ」

 どうやら茜は夏祭りの日からリコと仲が良いらしい。元々恋敵という立場であったはずなのに、そこから友情を築くコミュニケーション能力はさすがだ。
 誘ってもらえるのは有り難いが、今日は先約がある。

「今日はやめとく」
「何で? リコも由麻と久しぶりに話したいって言ってたよ?」

 それはきっと社交辞令だろう。愛想も良くなければテンションも一定の由麻と話していて、あの手のタイプが面白く感じるとも思えない。

「用事あるんだ」
「えー、そっかぁ。でもまた一緒にご飯行こうね?」
「うん。また誘ってくれたら嬉しい」

 今日は各持ち場の掃除が終わったら自由解散ということになっている。茜は早々に机の上に置いてあったスクールバッグを肩にかけ、「じゃーねい!」と元気よくこちらに手を振って教室を出ていった。
 その後由麻もモップを片付けたが、ゴミ袋を誰が捨てに行くかのじゃんけんで見事に一発負けし、重たいゴミをゴミ捨て場まで運ぶことになった。運んだ後は手を洗い、いよいよ音楽室に行けると楽しみにしながら廊下を歩いていると、たまたま向こうからこれから帰るらしい長瀬が歩いてきた。
 彼のただでさえ高い身長がまた伸びたような気がする。ばちりと目が合った。視線を逸らそうとしたが、先に長瀬が手を振ってきたので諦める。

「由麻ちゃん、久しぶりじゃん。探してた」
「……何故?」
「何故とか言うなよ。俺に探されてそんな怪訝な顔するの由麻ちゃんくらいだぜ?」
「まるで自分に探されると他の人は喜ぶみたいな言い方だね」
「おー。俺、モテるからさ」
「…………」
「うわ、そんな冷ややかな目で見んなって」

 けらけら笑った長瀬は、「本返したかったんだよ」と由麻を探していた理由を説明した。そして、鞄から文庫本を取り出して渡してくる。
 どうだった? と貸した相手から聞かれれば『面白かった』としか答えられなくなるだろうから、何も聞かずにそれを受け取る。すると、長瀬が自ら聞いてきた。

「由麻ちゃんって今から帰るとこ? 一緒に帰らねぇ? 俺本あんま読まねぇから感想とか得意じゃねぇけどさ、これは色々感じるところあったかも。感想話したいわー」

 貸してくれたからといって気を使っているのだろうか、と思った。

「ごめん。今日この後用事あるんだ」

 由麻はゆっくりと首を横に振る。
 少し間があった後、長瀬が再び聞いてきた。

「宇佐?」
「えっ……」

 まさか言い当てられるとは思わず、ぎくりとしてしまう。長瀬が見透かすかのような目をしてにやりと笑った。

「やっぱりな。由麻ちゃん、分かりやす」
「……別に変なことはしてないよ。自分の立場は弁えてる。宇佐さんが好きなのは彼女だってことも分かってるし」

 ボソボソと言い訳のような言葉が口から出ていく。そんなことは聞かれていないのに、不必要なことまで説明してしまった。
 長瀬がからかうようにわざとらしく大きな声で言った。

「あーあ。由麻ちゃん、俺のこと好きって言ったのにな~」
「あ、あれは違うって。分かってるでしょ」
「女の子の思わせぶりに引っかかっちまったわー」
「ちょっと……」

 聞かれるのではと思って慌てて周りを見回す。幸いにも人は少ない。
 慌てている由麻が面白いのか、ぷっと長瀬がまた噴き出す。

「なーんて、じょーだん。俺、宇佐には由麻ちゃんみたいな子の方がお似合いだと思うぜ?」
「え……」
「じゃーな。また今度話そ」

 ひらひらと手を振って去っていく長瀬。
 やはり、いまいち掴み所のない人だと感じた。