場所取りには苦労した。花火が見やすい位置には人がごった返していて、シートを敷ける場所を見つけたのは花火の打ち上げ開始の十五分前だ。しかも、七人全員が揃って座れるようなスペースはなく、仕方なく何人かで少し離れた位置に別れて座ることになった。
 長瀬グループの女子たちがひとかたまりなのは当然として、残るは茜と長瀬と宇佐と由麻である。長瀬がこちらに来れば女子たちが黙っていないだろう。どうしたものかと迷っていると、長瀬とリコが二人でどこかへ行ってしまった。このタイミングで告白か、と驚く。

(……分け方がより難しくなった……)

 おそらくリコはフラれる。そうなればリコと長瀬は気まずくなる。二人は別々のシートに座らせた方がいい。しかしそうなると……と考え込んで固まっていると、茜が「あたしあっち行くー!」と明るく言って五組の女子のシートへ向かった。由麻と宇佐を二人にするための図らいなのだろうが、今はあまり有り難くない。引き留めようとしたが、茜は既に他の女子たちに話しかけている。無力感を抱きながらその様子を眺めていると、隣の宇佐が淡々と聞いてきた。


「何をしたの?」


 強いて言えば、ネットで得た知識をそのままドヤ顔で語っただけだ。説明するのも恥ずかしい。
 しかし、宇佐は神妙な面持ちをしていた。


「長瀬と江藤さんが戻ってきた時から、未来が変わってる」
「え……? 本当?」
「自殺未遂もなくなってるし、長瀬の周囲の人間関係も変わってない」
「…………」


 まさかそこまで劇的に変わるとは思っていなかった。由麻はただ、告白は阻止せず、自殺未遂の方を阻止しようと考えたのだ。根本的な原因となった告白イベントは長瀬に少し心の準備をさせるだけで放っておき、その後のリコを気遣おうと計画していた。
 宇佐の予測では、告白を気持ち悪がられたリコはショックを受け、自分だけではないと周囲の女子たちの恋心までも長瀬に暴露する。それが原因で長瀬グループは長瀬の意思により崩壊、残された女子たちの間でリコへの嫌がらせが始まる――。だから、この嫌がらせの方を阻止できればいいのでは、と思っていた。
 なのに、長瀬周りの人間関係は変わらないうえに、リコも自殺未遂をしないらしい。拍子抜けだ。結局宇佐が予測した未来の要因は、長瀬が、それまで全く異性として見ていなかった友達からの突然の告白に酷く狼狽えたという部分が大きかったのだろう。


「……なんだ。案外簡単な話だったんだね」
「簡単?」


 宇佐が片側の口角を上げて複雑そうな笑い方をした。


「簡単、か。江藤さんにとっては簡単だったんだ」


 そこで、周囲にアナウンスが響き渡り、スピーカーから音楽が流れた。と同時に、一発目の花火が空高く打ち上がる。
 花火の光に照らされた宇佐が少し悲しそうにしているのを見て、由麻は慌てて訂正した。


「ごめん、簡単っていうのは違うかも」
「ん?」


 花火と、大音量で流れる今流行りのネット発祥音楽のせいでこちらの声が聞き取りづらいのか、宇佐が少し体を傾けてこちらに耳を近付けてくる。
 その距離の近さに緊張して顔が熱くなった。今が夜で良かったと思った。暗ければ色は見えにくくなるから。


「運が良かっただけ。私がやったことが、たまたま未来に良い影響を与えたっていう、ただそれだけだよ」


 宇佐さんに対してどきどきしているのを悟られないよう、必死にいつも通りの声を出す。宇佐は花火を見つめながら目を細め、「……運か」と言った。


「じゃあ俺も、これまで変えられなかった未来全部、運のせいにしようかな」
「……うん。それがいいよ。運だけに、うん……とか言って」
「あははっ。江藤さん、冗談言うんだ」


 ぷっと噴き出した宇佐が、しばらくずっと笑っているので、何だか由麻も嬉しくなった。


「ごめん、江藤さん、いつも真顔だし真面目な印象だったから、予測できなかった」
「やっぱり、ラプラスの悪魔は完璧じゃないんだね」
「江藤さんに関してはそうみたい。ふ、ふふ……うんだけに運……絶妙に面白くない」
「お、おもしろくない……そっか……」
「江藤さんが真顔で言うから面白いんだよ」


 駄洒落自体は面白くないと言われてショックを受ける。しかしすぐに気を取り直し、気になっていることを改めて確認した。


「リコさんへのいじめもなくなるんだよね?」
「もちろん。告白前の元の状態と何も変わってないって感じかな。長瀬が告白してきた彼女に対して嫌な態度取るとかもないし」


 その事実にほっとする。本当に全て変わったのだ。悪い未来は起きない。
 安心した由麻は、ふと少しだけ悪いことを思い付いた。


「……じゃあ、成果報酬二つもらっていい?」
「二つ? 案外欲張りだね。江藤さん」
「そんな大層なことじゃないよ。まず一つ目が……その、由麻って呼んでほしいかも」
「由麻?」


 聞き返すように、初めて呼ばれた下の名前。きゅうっと胸が締め付けられた。


「……うん。名字で呼ばれることあんまりないから、慣れないっていうか」
「いいよ。二つ目は?」


 宇佐は由麻の要求を思いの外あっさり受け入れ、次の要求を急かす。
 少し躊躇ったけれど、あえてしっかり言葉にした。


「――〝友達〟になってほしい」


 〝友達〟。魔法の言葉だ。自分が宇佐の傍にいてこれ以上欲張りにならないように、自分から線を引いた。あえて関係性に名前を付けようとした。〝友達〟。それ以上には絶対にならないように。
 すると、宇佐が不思議そうにじっとこちらを見つめてくる。話しかけた身ではあるが、花火を観なくてもいいのだろうかと疑問に思った。


「……それでいいの?」
「それがいい」
「そう。じゃあ、友達ね」


 柔らかく笑う宇佐を見て、好きという気持ちが溢れそうになるのを抑えていると、後ろから誰かが近付いてくる気配がした。


「おーいおい。お前ら、距離近くね?」


 一通り話が済んだらしい、長瀬とリコだ。長瀬はいつも通りの調子で、リコも少し気まずそうとはいえ、泣いた形跡などは見られない。
 二人が同じシートに入ってくるので、由麻は宇佐の方に詰めた。


「花火でお互いの声が聞こえづらくて」
「ふーん? へーえ?」


 隣に来た長瀬に距離が近かったことへの言い訳のようなことを言えば、にやにやとからかうような笑みを向けられる。急に恥ずかしくなってきて視線をそらした。
 その後、長瀬が反対隣のリコに「大丈夫? ちゃんと座れてるか? はみ出てない?」と気遣うような声をかけていた。その声音は本当にいつも通りで、二人は友達でいようということでお互い納得したのだろうということが察せた。
 四人で眩い火の光を放つ空を眺め、演出も後半に差し掛かった時、隣の長瀬がぽつりと聞いてきた。


「由麻ちゃん、もしかして知ってた?」


 リコが告白することを、ということだろう。


「知ってた」
「だよな。知らねーとあんなことしないもんな。由麻ちゃん俺に興味ねぇし」
「…………」
「そこは否定しろよ。でも、由麻ちゃん」
「ん?」
「ありがとな」


 花火から長瀬に視線を移す。その横顔は穏やかだった。






 こうして、由麻の高二の夏が終わった。
 祭りから帰宅した後茜から電話が来て、『帰り道で長瀬くんに告ってみたんだけど、やっぱフラレたわ! でも諦めない!』と宣言されたのはまた別の話だ。
 当の長瀬は、「俺今日告られすぎだろ」とちょっと笑っていたらしい。