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 長瀬吉春。絵に描いたような学校の人気者。モデルをやっていても違和感ないくらいスタイルがよくて、顔はいわゆる正統派イケメン。普通科の中で成績はトップクラス。部活にも熱心に打ち込んでいる。先生からの評価はもちろん高いし、異性同性どちらからも好かれている存在だ。
 狭く深くの関係性を大事にしていて友達も茜しかいない由麻とは最も遠い存在といえる。そんな相手と二人で話すのは少し緊張した。


「なんか珍しーね。由麻ちゃんの方から俺に話しかけてくんの。宇佐のこと? 今日ビビったわ、由麻ちゃん宇佐とめっちゃ仲いーんだな」
「…………」
「なんかあった? だいじょぶ?」


 呼び出したはいいものの、何から喋ろうか迷ってしまう。そんな由麻を長瀬は心配そうに覗き込んできた。
 由麻が長瀬と二人になりたいと言うと長瀬グループの女子たちは怪訝そうな顔をしていた。早めに戻らなければ怪しまれてしまうかもしれない。さっさと本題に入ろうと思い、口を開く。


「長瀬さんは、男女の友情って成立すると思う?」


 長瀬からすれば謎の質問だろう。突然呼び出してきて何の話だと思っていそうな顔だ。
 少しの間があった後、長瀬はぽかんとしたまま答えた。


「そりゃするだろ。現に俺らのグループって男女混合だし」


 ――予想通りだ。今回の未来が作られる要因の一つとして、長瀬の鈍さがあげられる。
 長瀬は当然のように信じている。自分のグループにいる女子たちは、自分の“親友”であると。
 異性として相手を見ることは、時に人を傷付ける。茜も実際、友達として仲が良かった男子に告白されて困っていたことがあった。当時茜は『友達として好きだったけど、なんか急に気持ち悪くなっちゃって……』と相談してきた。おそらくそれは思春期の男女において全く珍しくも何とも無い感情だ。

 長瀬もきっとこれからそのようなショックを受ける。ずっと友達だと信じていた彼女たちの想いを知って。


「長瀬さん」
「ん。何?」
「私、今から長瀬さんに告白をするね」


 長瀬さんは口を半開きにしたまま動かなくなった。イケメンは間抜けな顔をしてもイケメンなんだな、と客観的な感想を抱く。


「だから、うまく断って」
「……え? いやいや、ちょ、由麻ちゃんは宇佐が好きなんっしょ?」
「うん。でも、今だけは長瀬さんに告白するから断って」
「意味が分かんねぇんだけど……」
「長瀬さん。好きです」


 まっすぐに長瀬を見つめて告白をする。長瀬は状況を飲み込めない様子で険しい表情をしたが、一応は形式に沿ってくれるらしく、「……知り合ったばっかだし、俺由麻ちゃんのことそういう目で見たことねぇよ」と気まずそうに小さな声で答えた。


「ゼロ点」
「ゼロ点!?」
「それじゃ相手は傷付くよ。YESBUT話法を意識して」
「YESBUT話法……?」


 戸惑う長瀬に向かってスマホの画面を見せる。ネットには恋愛のテクニックを記事に書いて金をもらっている大人たちが沢山いるのだ。そういうアカウントの中でも最も有益そうな情報を発信している人をピックアップし、その人が書いている有料記事を買った。


「私も詳しいわけじゃないけど、否定から入っだらだめだと思う。“そうだよね”、“それも分かるよ”とか言って一旦相手の気持ちや言葉を受け止めてから、“でも……”って続けるの」
「ごめん、マジで分かんねーんだけど、これって何の話?」
「ごめん。今は説明できない。とりあえず聞いてほしい」


 私は記事の次のページを開く。


「この人色々告白の断り方テンプレを載せてくれてるんだけど、長瀬さんが言うとしたらこの辺かな。『これからもいい友達でいてほしい』、『今恋愛は考えられない』、『友達として大好き』。あと、お礼と前向きな言葉を伝えるのも大事だね。気持ちは嬉しいとか、ありがとうとか。どうしたって相手は傷付くから、うまい言い方をして、今後の関係性に対して前向きな言葉をかけるのが大事そう」
「へえ……?」
「長瀬さんなら女生徒に告白されたこと何回もあるでしょ。これまではどんな風に断ってた?」
「とりあえず謝った後で、さっき由麻ちゃんに言ったみたいに『よく知らないから無理』って言ってたな」


 よく知らない相手からも告白されるとは、さすがモテ男だ。


「よく知ってる相手から告白されたらなんて答える?」
「いやー、俺、結構ガサツだからさ。仲良い相手から告られることはねぇの。やっぱ俺に告白してくる子たちって俺のことよく知らなくて幻想抱いてるっつーの?」
「例えばの話。すごく仲の良い友達に言われたらどう思う?」


 そんなことは考えたこともなかったのか、長瀬はうーん、と難しそうな顔で考えた後、苦笑いを返してきた。


「それは、ちょっと、気持ち悪いって思っちまうかも」
「…………」
「ほら、俺の中で友達と女の子って別のカテゴリーだからさ」


 その辺の男子なら女子に告白されたら無条件で喜びそうなものだが、全員が全員そうでないのは当たり前だ。
 由麻は、長瀬をまっすぐに見つめて褒めた。


「ちなみに長瀬さんは、多分長瀬さんが思ってるより魅力的な人だよ」


 お世辞ではなく本音だ。誰にでも友好的に話しかけられる長瀬のことを、自分にはない才能であるということもあり、由麻は主観的にも魅力的だと思っている。


「告白されるのは、長瀬さんがそれだけ魅力的ってこと。長瀬さんの有り余る魅力のせい。ポジティブに捉えてほしい」
「俺のせい……。そっか」
「好きになった側も、色々悩んでると思う。気持ち悪いって思う長瀬さんの気持ちも分かるけど、相手の気持ち全部を否定しないであげてほしい」


 そこまで言って、由麻はスマホをショルダーバッグのポケットにしまった。


「あと、人の気持ちって変わるから。もしそれで関係性が壊れても、きっとまたやり直せるよ。……はい、長瀬さん、もう一回ね」


 ずいっと長瀬に顔を近付け、もう一度告白する。


「長瀬さん、好き」
「…………あのさ、これ、ちょっと照れるんだけど」


 長瀬が照れたように手で顔を隠した。しかし、由麻はさっさと終わらせたいため急かす。


「早く返事して」
「えーっとぉ……ありがとう。気持ちは嬉しい。でも、由麻ちゃんのことは友達として好き。だから、よければだけど、これからもいい友達でいてほしい」
「おお。百点」
「マジ? ゼロ点から急成長したな、俺」


 ぱちぱちと感情のこもらない拍手をした由麻は、「じゃあ戻ろうか」と歩き始めた。長瀬の頭上にはいくつものクエスチョンマークが浮かんでいる。

(……できることはやった)

 恥を忍んで奇行を行った。これで少しでも未来が、友達からの告白に対する長瀬の答え方が変わればいい。そうすれば、フラレた側がパニックになって周りの恋愛感情まで巻き込むような結果にはならないはずだ。


「あ、そうだ」
「ん?」
「『こころ』、持ってきた。……今渡されても困る?」


 文庫本を差し出した由麻を、長瀬はきょとんとした顔で見つめた後、数秒後に笑い始めた。


「由麻ちゃん、マジ謎だわ~。でも、あんがと。また夏休み明けに返しに行くわ」


 何が可笑しいのかけらけらと笑い続ける長瀬は、文庫本を受け取ってそう言った。

 由麻たちが皆の元に戻る頃には、休んだ後の茜たちも合流していて、花火ももうすぐ始まる頃合いだった。