リコが意外にも否定してくるので不思議に思って首を傾げると、ちょっと驚いた顔をされた。


「由麻ちゃん知らないの? 宇佐の彼女のこと」
「……何の話?」
「ああ、そっか……。大学の方で有名な話だから知らない人もいるのか。あのミス桜ヶ丘、顔は可愛いけど援交ばっかしてる性悪女って噂で」


 突然出てきた重いワードに何も言えなくなる。


「父親くらいの年の男の人とホテル入っていくところを見たって言ってる人が結構いてさ。そうやって他の男と関係持ちまくりだし宇佐のことも別に好きじゃないのに、何でも言うこと聞いてくれる宇佐を呼び出して扱き使ってるって」
「でも、それってただの噂だよね? 真偽が定かじゃないなら私は信じないよ」
「や、噂は噂なんだけど。わたしの友達も見たって言ってるし。宇佐、わたしらといる時も彼女から電話で呼び出し来たらすぐそっち行くんだよ。隣県に遊びに行ってた時も途中で先に帰るし。なんか関係性が異常じゃない?」


 リコがごにょごにょと反論してくる。
 火のない所に煙は立たたない。とはいえ、ミス桜ヶ丘であれだけ容姿が整っていれば、嫉妬した誰かが悪戯で流したただの噂ということも考えられる。


「とにかく、あたしもリコも由麻の恋応援してるからねっ」


 証拠もないのに信じるのは失礼な気がしていると、重い空気を感じ取ったらしい茜が明るい表情で話題を切り上げてきた。
 そこで由麻は、これはチャンスなのではないかと思い切り込んだ。


「……恋といえば。リコさんは好きな人いるの?」


 茜の前でこれを聞くのはよくないような気もしたが、察しの良い茜はリコの気持ちをとっくに気付いているはずなので聞いた。
 リコが数秒間静かになった。そして、俯きがちに言う。


「わたし……吉春のこと好きなんだ」
「えっ。そうなのぉ!?」


 茜は迫真の演技である。さも今知ったかのような反応、さすがだ。


「茜ちゃんも吉春のこと好きなんだよね?」
「うん、ごめんね、被っちゃって」


 リコの問いかけに正直に答える茜はあまりにも素直である。リコは少し悲しそうにまた俯いた。


「ううん。今日、茜ちゃんと吉春のこと見てて、お似合いだなって思った。わたし早く諦めなきゃって。だから今日告白しようと思うんだ。フられればけじめつくし」


 ――やはりリコは今日告白するつもりだ。
 しかしそのきっかけは茜になっている。これは長瀬が予測した未来とはわずかに違うだろう。茜は元々この祭りに来る予定ではなかったのだから。
 どうしたものかと思う。聞いてしまったことで、逆に邪魔をするのが不自然になってしまった。むしろこれは茜と由麻の二人で告白に協力する流れだ。


「わたしも由麻ちゃんと同じで、中等部の頃から好きなんだ、吉春のこと」


 次に発せられたその言葉を聞いてはっとした。一途な思い、やめられない片思いをする気持ちは、由麻には嫌という程分かる。


「吉春モテるからさ、昔からめっちゃ告白されてたんだけど。特定の人の物にはならなくて、基本誰からの告白も断ってるみたいなんだよ。だから安心してたし、吉春と仲良くしてる他の子たちとも、“現状維持する”ってのが暗黙の了解なんだ。告らなければ友達として傍にいれるし。だけど、折角今年同じクラスになれたのに、このまま何もせずに離れていくのはやだなぁって……」


 リコの現状が昔の自分と重なった。由麻も中等部の頃、宇佐と同じクラスだった。けれどただ見ていることしかできず、宇佐が読んでいた本のタイトルを覚えて図書室で読むような淡い恋で終わった。
 そして後悔したのだ。高校で宇佐とコースが分かれ、宇佐に彼女ができたという噂を聞いて、あの時行動していれば何か変わっただろうかと。少なくとも、自分の後悔はもっと少なかったはずだと。


「じゃ、じゃあ、あたしも今日告白する!」


 黙って聞いていた由麻は、茜の突然の発言にぎょっとした。
 こんな展開は宇佐から聞いていない。今日告白するのはリコのみのはずだ。リコ本人も「え……え? ほんとに?」と動揺している。


「なんか、リコの話聞いてたらあたしも行動しなきゃって思えてきた! 順番に呼び出して告ろ。恨みっこなしだからね!」


 恋敵に対してこんなに明るく振る舞えるのは茜くらいのものだろう。
 由麻は少し躊躇ったが、二人を止める言葉は思い付かなかった。

 ――『長瀬と女子が二人きりになるのを止めてほしい』。宇佐からの依頼はこうだ。

(ごめん、宇佐さん)

 けれどもう、それに協力する気にはなれない。

(やっぱり私、これは止めるべきじゃないと思う)

 未来は選択の数々でできている。由麻にはリコの選択を無理やり阻止することが、正しい未来に繋がっているとは思えなかった。










 由麻は茜たちを置いて先に長瀬の元へ向かった。長瀬とはInstagramで繋がっているので連絡はすぐ取れた。まだ射的の屋台の付近にいた長瀬たちに近付き、声をかける。


「――長瀬さん、ちょっといい?」


 今日初めて、自分から長瀬に声をかけた。