〝別の人〟という言い方にわずかに違和感を覚えた。けれど、別の友達という意味だろうと思って何も言わなかった。宇佐は高校生で、彼女は大学生だ。彼女には彼女のコミュニティがある。
「なら今日、誘ってよかった」
立ち上がり、食べ終えた後の棒を指定されたゴミ箱に捨てた。
「こういう形で連れ出さないと、宇佐さん夏休み中ずっと家で読書してそうだし」
「当たりだよ。俺のことよく分かってるね」
「私も基本インドアだから人のこと言えないけどね」
少しでも宇佐に夏の思い出ができればいい。そんなことを思いながら、宇佐と一緒に先に行った長瀬たちの元へ向かった。
長瀬たちは金魚すくいをしていて、その隣にはやはり茜がいた。今のところ彼女たちの様子に変化はない。そのことにほっとしていると、五組の女子の一人が「足が痛い」と言い出した。誰よりも早く反応したのは気遣い上手の長瀬だ。彼女を連れて人混みから少し離れ、座ることのできる場所に座らせる。
「大丈夫か? ずっと歩きっぱなしだったもんな。ちょっと休むか」
「いや……いーよ。吉春たちはもっと見たいとこあるでしょ」
確かリコという名前のその女子は、遠慮がちに断っている。
すると、茜がリコの隣に座って言った。
「あたしも慣れない下駄で足疲れたし、リコと一緒にここで休んでる! 長瀬くんたちは他の屋台行ってていいよ。あたしらは女子トークしてる~」
――茜のこういうところが、由麻は好きだった。
自然と相手の申し訳ないという感情を中和するような言動を取れる。この祭りに来た目的は長瀬であるはずなのに、それよりも足を痛めている上辺だけの友達を優先できるところが、茜の善性を表している気がした。
他の女子二人はこれをチャンスと取ったのか、長瀬の腕に手を絡めて言う。
「ねぇ、吉春ぅ。ウチあっちの射的やりたぁ~い」
「んー? ああ、射的もやってんだ。じゃあそっち行くか」
茜も一緒にいるということで安心したのか長瀬がその誘いに乗る。まずい付いていかねば、と内心焦った。茜がいない長瀬グループに混ざるなど気まずすぎるが、長瀬は注視していなければならない。
私も射的に行くと申し出ようとした時、宇佐が由麻の袖を引っ張ってきた。
「江藤さんはこっちにいて」
「でも、長瀬さんを見張っていないとだめなんじゃ」
「俺の予測では告白するのはこっちの女子なんだ。こっちを見張ってれば大丈夫だと思う」
そんな大事なことを今更……と思いつつ、足を痛めて座っているリコを横目で見る。リコは長瀬グループの女子の中でも比較的大人しめなタイプだ。告白するならより積極的な他の二人の方かと思っていた。
けれど、いつ状況が変わるかは分からない。
「長瀬さんの方も見ておく必要はあると思う。SF小説だと未来が少し変わって結局予測されてた未来とは別の人が行動して同じ結果になるって展開よくあるよね? もしかしたら他の女子二人が告白しだすかもしれないよ」
宇佐はちょっとぽかんとした後、「さすが小説オタク」と可笑しそうに笑った。
「分かった。俺は長瀬たちの方に付いていく。何か変動が起きそうなら江藤さんに連絡するよ。……って、俺、江藤さんの連絡先知らないね」
宇佐が当然のようにスマホを取り出すのでぎょっとした。長瀬の話では、宇佐は彼女以外の女性の連絡先を入れていないのではなかったか。
(私ってもしかして……宇佐さんにとって“女性”のカテゴリーではない?)
若干ショックを受けているうちに、宇佐が電話番号を伝えてくる。慌てて由麻もスマホを取り出してその番号をメモした。今時電話番号か、と思うが、そういう古風なところも好きだと感じた。
「じゃあ、またね」
長瀬に付いて去っていく宇佐の背中をぼうっと見つめていると、座っている茜がにやにやしながら聞いてきた。
「ねーえ。由麻、今日宇佐くんといい感じじゃな~い?」
「いや……そういうわけでは」
「リコもそう思うよね?」
茜がリコにも同意を求める。隣のリコもこくこくと頷いた。
「あんなに女子と喋ってる宇佐、初めて見たよ。宇佐って彼女以外とは喋らないキャラっていうか……わたしたちとも一緒にいてもどっか距離あるし。女嫌いなんだと思ってた」
「ほら~! いけるって、由麻! いっちゃいなよ!」
「いや、いかないよ。宇佐さん彼女いるし」
はしゃぐ茜を窘める。
大前提として、現在相手のいる男性にアプローチするのはよくないことだ。
「え……。由麻ちゃん、あの人のこと気にしてるの? 気にしなくていいでしょ……あんな人」