長瀬は誰とでも仲が良いが、特に仲が良い女子は三人だ。それは茜や由麻が“長瀬グループ”と呼んでいる男女混合の目立つ集団のうちの三人で、いわゆるスクールカースト上位の美人たち。
 彼女たちに共通する事柄は――全員、長瀬への恋心を秘めているということ。
 それは由麻から見ても何となく分かる。五組に遊びに行った時も、彼女たちは表向き仲良くしながら、どこか長瀬の隣を奪い合っているような印象を受けた。
 グループの均衡を崩さないため互いに具体的なアクションは起こさぬようにしているようだが、それが夏祭りで動くというのが宇佐の予想である。

 花火大会中、長瀬グループの女子の一人がこっそり長瀬に告白をする。そしてその告白は長瀬に軽蔑される。ショックを受けたその子は他の二人も長瀬を好きだということをバラしてしまい、それを知った長瀬は女子三人を全員自分のグループに近付けようとしなくなる。
 自殺未遂をするのは夏祭りで告白をした女子だ。長瀬にフラれたから心を病んだのではなく、その後の他の女子二人からのいじめで心を病む。学校で自殺を計るが途中で見つかり失敗。その事実は学校中に広まり、長瀬の耳にも入る。そしてその原因が自分、及び自分を好きだった女子たちのいじめによるものであることも長瀬は知る。

 その結果――長瀬は極端に“女性”に対して心を閉ざしてしまう。少なくともその後数年に渡って長瀬の性格は変わり、周囲からも孤立していくらしい。


(宇佐さんは、長瀬さんを救いたいんだろうな)


 ベッドに寝転がって自室の天井を眺めながらそう思った。
 昼間に駅で話を聞いていた感じ、宇佐は五組の女子をというよりも中等部からの友達である長瀬を心配しているような口ぶりだった。

 とはいえ宇佐に最初に言った通り、いきなり由麻が長瀬たちの輪に入るのはどう考えても不自然なので、まず茜に連絡をすることにした。
 茜であれば自然にあのグループにも混ざれるだろう。事情を詳しく話すことはできないため、どう言おうか迷う。


『宇佐さんと夏祭りに行きたくて誘ってみたんだけど、長瀬さんたちと行くんだって言われちゃった。一緒に行けたりしないかな?』


 悩んだ末、自分の恋愛相談の体で連絡した。
 するとびっくりするくらいの速さで既読が付き、何件かに分けてメッセージが送られてくる。


『えー! いつの間にそんな積極的に!』
『めっちゃいいと思う! どうにか合流できないか言ってみる!』
『てか長瀬くんが行くならあたしも行きたいしね!』


 予想以上に早く乗り気になってくれて有り難い。
 そこで由麻は、茜を同行させた時点で今回のミッションは達成されたも同然なのではないかと気付く。
 茜は長瀬と一緒の空間にいれば常に長瀬にべったりで、他の女子たちより近い距離をうまく保っている。茜のあの積極性があれば、今回の夏祭りでも他の女子に負けることはないのではないかと思う。

(今回五組の女子の告白を阻止したからと言って、先延ばしにしてるだけな気もするけど……)

 長瀬の周りの女子三人が長瀬を好きという状態は変わらない。そもそもSF小説などでよく読む展開でいえば、阻止した未来が別の形やより悪化した形で降りかかる場合もある。

(ちょっと不安。でも、何もしないよりマシか)

 今回由麻が干渉したことで未来が変われば、少なくとも“宇佐以外の他人の干渉によって未来は変わる”という一つの事例ができる。宇佐も【ラプラスの悪魔】をより有意義に使えるようになるだろう。
 少しでも宇佐の力になれるのであれば、と思いながら、由麻は部屋の電気を消した。


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 八月十日。一週間前まで雨予報だったが、当日雨は降らず、花火大会は予定通り開催されることになった。
 茜の力で長瀬たちとは合流できることになった。待ち合わせ場所は駅前で、さすが花火大会なだけあって混んでいる。人混みが苦手な由麻は人の波に飲まれそうになりながら必死に茜たちを探した。
 ようやく見つけた長瀬や五組の女子、茜は全員浴衣を着ていて驚いた。女子たちは髪まで綺麗にセットしている。それに比べて由麻はただの私服であり、髪もいつも通りだ。


「お。由麻ちゃんおひさ~。私服初めて見た。かわいーね」


 長瀬のフォローのような言葉に急に恥ずかしくなってきた時、由麻がやってきた方とは逆方向の改札から宇佐がやってきた。宇佐も私服で、黒いシャツとおしゃれなズボンを履いている。私服姿を見るのは初めてでどきどきした。


「あれ、折角お祭りなのに宇佐くんも私服だ。宇佐くんと由麻、気が合うかもね?」


 茜がふふっとからかうように言ってくる。由麻の恋心を知っている長瀬や五組の女子たちまで含み笑いを向けてくるので、由麻の顔は熱くなった。


「そんじゃ行きますか」
「行こ行こ~!」


 予想通り、歩き出した長瀬の隣は茜がキープしている。五組の女子たちも頑張って隣になろうとしているようだが、茜ほどの積極性は出せていない。
 よしよし、この調子……と少し後ろを歩きながら長瀬たちの様子を見てガッツポーズしていると、隣の宇佐が忠告してきた。


「吉澤茜の存在に安心しないでね。まだ未来は変わってない。誤差の範囲内だよ」
「え……そうなんだ」


 茜の存在はかなり大きく影響すると予想していたのだが、未来を変えるというのはそう容易いことではないらしい。
 きちんと長瀬たちを見ておかねばと注意していると、宇佐がぽつりと言う。


「でも、気負いすぎないでいいよ。あんまり期待してないから」


 励ましのような、諦めのような声音だ。


「少しは変わってるんだよね?」
「うん」
「じゃあ、その少しの変化を積み重ねて、もっと変えられるかもしれない」

 言ってから、この意見は楽観的すぎただろうかと少し心配になって宇佐の顔色を窺うが、宇佐は特に気にした様子もなく、何故か「ありがと」と小さな声で言ってきた。