「只今帰った。」
男の声が玄関に響く。大柄な男だ。多くはないがしっかりと筋肉の付いた体格に、二メートル級の背丈、右の額に一角、濃紺の夜空のような長髪を結い、眩く輝く淡い黄の瞳、その端正な顔の左目には縦断するように傷があった。男の名は荒鬼夜叉、鬼族本家の長男で、後継ぎだ。
「父ぃ!おかえりなさい!」
「おかえりなさい、父上。」
二一で所帯を持った夜叉には双子の息子がいた。我一番と輝く星のような金髪に青々と瑞々しい黄緑の瞳を持つ修羅。藍染の深く繊細な紺髪と夕日のごとく燃え盛る橙の瞳の羅城。性格は正反対な二人だが仲はいい。
「いい子にしてたか?」
「うん!母のお手伝いした!」
「お皿、一緒に洗った。」
「よくできたな。」
夜叉の大きな手が双子の頭を包む。
「おかえりなさい、夜叉さん。」
「朝顔、ただいま。」
綾野朝顔、フェアリー本家の末席で夜叉の妻だ。鮮やかな赤紫蘇の髪を一つにまとめ横に垂らす。つりのきいた躑躅の花の瞳は澄んで一際美しい。夜叉は朝顔の額にそっとキスする。
「もう……早く着替えてきてください。夕飯、もう少しでできますから。」
「分かった。」
二人の出会いは運命的だった。
国際騎士団、それは魔法局が統括している。年齢は一二歳から二五歳まで。厳正な審査を通過した優秀な子供たちが入団できる。大半が貴族の男子で、時には庶民や女子もいる。
そう。一定数、女子もいるのだ。
入団審査一位通過、新入り唯一の女子、当時一二歳の朝顔は、腰ほどある髪を高い位置で結っていた。清廉な少女だと思っていた。歳が三つ上の夜叉と優秀な朝顔はバディを組むことになった。夜叉は当時次期団長と謳われていた。
第一印象は最悪だった。
「私はお前より強い。私に弱いバディなんていらない。」
「……は?」
顔合わせの日のことだった。先輩に向かって敬意のけの字もない態度だった。清廉なんて撤回だ。朝顔は実に短気で男勝りな少女だった。
ただ彼女の実力は本物だった。同期は勿論幾らか上の先輩を次々と倒していく。普通バディを組むのは入団して二、三年経ってからだが、朝顔にバディがついたのも納得がいった。
軽い身のこなし、抜群の身体能力、冷静な判断力。何よりの強みは彼女の潜在魔法「pensiero<思考>」だろう。
「対象を視ている間対象の思考を読み取ることが出来る。」
つまり魔法発動中、姿が見えていれば思ってることが筒抜け、ということだ。それを使いこなす技術も魔力量も大人顔負けである。あながちあの言葉は間違っていないのかもしれない、と思っていた。
二人の関係が発展したのはバディを組んで三年になる時だった。その頃には互いが互いのバディであることに誇りを持っていた。顔を見れば何を考えてるか分かる。二人は「信頼」という形で繋がっていた。
寒い冬だった。盗賊の成敗にバディで遠征に出ていた。盗賊のアジトに入り込み戦闘になる。終盤、もうあと数人という所だった。
「後ろがガラ空きだぁぁ!!」
「っ!」
目の前の敵に集中していた朝顔は後ろを気にしていなかったのだ。振り向きざま、このままでは短剣が朝顔の脇腹に一直線だ。
「っ……!」
体を強ばらせたが、その短剣が朝顔に刺さることはなかった。
「うっ、!ゲホッゲホッ……!」
夜叉だ。夜叉が身を呈して朝顔を庇ったのだ。短剣は夜叉の右腰から突き上げるように斜めに刺さった。
「夜叉さん、!」
短剣の盗賊を倒してすぐ、夜叉も膝から崩れた。口から血を吐いて、過呼吸のように浅い細かい呼吸をした。痛みはなかった。
残り数人の手早く片付け、朝顔が夜叉に駆け寄る。
「夜叉さん、!しっかり!」
救護隊を呼び、必死に応急処置をする朝顔。
「あ、さ……がお、」
「喋んな!」
適切で早い処置だが、どこか震えている。傷口から血が絶え間なく流れ、雪を赤く染めていく。朧気になっていく目の前で、ただはっきりと聞こえた。
「死なないで……!お願い!嫌だ……!」
強気な朝顔が弱音を、とそこまで思って夜叉は目を閉じた。
次に目を覚ますと目の前は白かった。一度天国かと考えたが、体の節々が痛くて重い。どうやら生きているようだ。右手は包帯か何かに包まれていて温かい。無理に右を向いてみた。
「っ……!あさ……がお……」
乾いてるにも程がある掠れた声でバディの名を呼んだ。右手を包んでいたのは朝顔の手だった。頬には涙の跡が残っていて、隈も酷い。
「ん、んんぅ……っ?!夜叉さん!分かりますか!朝顔です!」
「分かる……大丈夫……」
そう言ったそばから瞳いっぱいに涙を貯め、零し始めた。
「うっ、うっうっ……ううぅあぁぁぁぁん!よがったぁぁ!」
声を上げて泣き始めたので驚いたが、それを合図に医者やら看護師やらと集まってきた。
「朝顔……」
「じんぱいしたんでずよ!ズゥッ、やじゃさん、ぜんぜんおぎないから!」
夜叉は驚きを隠せない。こんなに弱気な朝顔は初めて見たのだ。知っている朝顔なら「たかがバディが死にかけたが、その程度どうってことない」そう思うと思っていた。
「ズゥッ……ひどりにしないでくだざい……」
「分かった。分かったから、泣きやめ……」
「誰のせいで泣いてると思ってるんですか!」
誰のせいでもなく夜叉のせいなのだから、何も言えなくなった。
実際夜叉は一ヶ月も眠っていた。おかげで体力も筋力も落ちた。入院中毎日のように朝顔がお見舞いに来た。放課後いつもリンゴを剥いて持ってきて、夜叉の横で勉強していた。
「朝顔、」
「なんですか。」
「なんで毎日来るんだ?わざわざ来なくても……」
「なんで……って。私のせいでバディが死にかけて、起きたから『はい終わり』ですか?私には出来ません。」
夜叉は無神経だったと後悔した。朝顔は責任を感じていたのだ。あの時もっと後ろも警戒していれば、と。そうすれば夜叉が怪我することは無かったのに、と。
「本当に……怖かったんです……もし夜叉さんが……死んでしまったら……どう償おうか……」
「待て。そんなに考えなくても……」
「考えちゃうんですよ!好きだから!」
「え、……」
勢いで言ってしまったようだ。朝顔はバッグに荷物を急いで詰めた。
「帰ります……さっきのは忘れてください……じゃ」
「待て!朝顔!」
咄嗟に手を取るものの、朝顔はそれを振り払おうと必死だ。
「離して、」
「嫌だ。」
「離せって!」
振り向く朝顔の頬はまた濡れていた。
「おいで、朝顔。」
彼女は顔を歪めて抱きついた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「なぜ謝る?」
「……言うつもり……なかったんです。」
「あぁ。」
ゆっくり背中をさすってやると、だんだん落ち着いてきた。
「墓場まで……持っていくつもりで……夜叉さんを……汚すようで嫌だったんです……」
「そうか……でも、俺は嬉しかったがな。」
「え、……?」
面と向かってみる。泣き止んでいるものの瞼が少し腫れて、目を赤くしていた。
「あの日から朝顔は泣いてばかりだな。」
「だって……だって!」
泣くと朝顔は幼くなる。それはそれで可愛いと思ってしまった。
「……俺とて、大切だと思っていなければ、庇うことはしない。」
「でも、それは……バディだから」
「違う。朝顔だからだ。あの一瞬、朝顔が刺されたと考えただけで怖かった。勝手に足が動いてた。」
朝顔の手をそっと握った。
「好きだ、朝顔。」
「っぅ……///!わ、私の方が好きです!」
「はははっ!」
最悪の出会いが最幸の関係になったのだ。
男の声が玄関に響く。大柄な男だ。多くはないがしっかりと筋肉の付いた体格に、二メートル級の背丈、右の額に一角、濃紺の夜空のような長髪を結い、眩く輝く淡い黄の瞳、その端正な顔の左目には縦断するように傷があった。男の名は荒鬼夜叉、鬼族本家の長男で、後継ぎだ。
「父ぃ!おかえりなさい!」
「おかえりなさい、父上。」
二一で所帯を持った夜叉には双子の息子がいた。我一番と輝く星のような金髪に青々と瑞々しい黄緑の瞳を持つ修羅。藍染の深く繊細な紺髪と夕日のごとく燃え盛る橙の瞳の羅城。性格は正反対な二人だが仲はいい。
「いい子にしてたか?」
「うん!母のお手伝いした!」
「お皿、一緒に洗った。」
「よくできたな。」
夜叉の大きな手が双子の頭を包む。
「おかえりなさい、夜叉さん。」
「朝顔、ただいま。」
綾野朝顔、フェアリー本家の末席で夜叉の妻だ。鮮やかな赤紫蘇の髪を一つにまとめ横に垂らす。つりのきいた躑躅の花の瞳は澄んで一際美しい。夜叉は朝顔の額にそっとキスする。
「もう……早く着替えてきてください。夕飯、もう少しでできますから。」
「分かった。」
二人の出会いは運命的だった。
国際騎士団、それは魔法局が統括している。年齢は一二歳から二五歳まで。厳正な審査を通過した優秀な子供たちが入団できる。大半が貴族の男子で、時には庶民や女子もいる。
そう。一定数、女子もいるのだ。
入団審査一位通過、新入り唯一の女子、当時一二歳の朝顔は、腰ほどある髪を高い位置で結っていた。清廉な少女だと思っていた。歳が三つ上の夜叉と優秀な朝顔はバディを組むことになった。夜叉は当時次期団長と謳われていた。
第一印象は最悪だった。
「私はお前より強い。私に弱いバディなんていらない。」
「……は?」
顔合わせの日のことだった。先輩に向かって敬意のけの字もない態度だった。清廉なんて撤回だ。朝顔は実に短気で男勝りな少女だった。
ただ彼女の実力は本物だった。同期は勿論幾らか上の先輩を次々と倒していく。普通バディを組むのは入団して二、三年経ってからだが、朝顔にバディがついたのも納得がいった。
軽い身のこなし、抜群の身体能力、冷静な判断力。何よりの強みは彼女の潜在魔法「pensiero<思考>」だろう。
「対象を視ている間対象の思考を読み取ることが出来る。」
つまり魔法発動中、姿が見えていれば思ってることが筒抜け、ということだ。それを使いこなす技術も魔力量も大人顔負けである。あながちあの言葉は間違っていないのかもしれない、と思っていた。
二人の関係が発展したのはバディを組んで三年になる時だった。その頃には互いが互いのバディであることに誇りを持っていた。顔を見れば何を考えてるか分かる。二人は「信頼」という形で繋がっていた。
寒い冬だった。盗賊の成敗にバディで遠征に出ていた。盗賊のアジトに入り込み戦闘になる。終盤、もうあと数人という所だった。
「後ろがガラ空きだぁぁ!!」
「っ!」
目の前の敵に集中していた朝顔は後ろを気にしていなかったのだ。振り向きざま、このままでは短剣が朝顔の脇腹に一直線だ。
「っ……!」
体を強ばらせたが、その短剣が朝顔に刺さることはなかった。
「うっ、!ゲホッゲホッ……!」
夜叉だ。夜叉が身を呈して朝顔を庇ったのだ。短剣は夜叉の右腰から突き上げるように斜めに刺さった。
「夜叉さん、!」
短剣の盗賊を倒してすぐ、夜叉も膝から崩れた。口から血を吐いて、過呼吸のように浅い細かい呼吸をした。痛みはなかった。
残り数人の手早く片付け、朝顔が夜叉に駆け寄る。
「夜叉さん、!しっかり!」
救護隊を呼び、必死に応急処置をする朝顔。
「あ、さ……がお、」
「喋んな!」
適切で早い処置だが、どこか震えている。傷口から血が絶え間なく流れ、雪を赤く染めていく。朧気になっていく目の前で、ただはっきりと聞こえた。
「死なないで……!お願い!嫌だ……!」
強気な朝顔が弱音を、とそこまで思って夜叉は目を閉じた。
次に目を覚ますと目の前は白かった。一度天国かと考えたが、体の節々が痛くて重い。どうやら生きているようだ。右手は包帯か何かに包まれていて温かい。無理に右を向いてみた。
「っ……!あさ……がお……」
乾いてるにも程がある掠れた声でバディの名を呼んだ。右手を包んでいたのは朝顔の手だった。頬には涙の跡が残っていて、隈も酷い。
「ん、んんぅ……っ?!夜叉さん!分かりますか!朝顔です!」
「分かる……大丈夫……」
そう言ったそばから瞳いっぱいに涙を貯め、零し始めた。
「うっ、うっうっ……ううぅあぁぁぁぁん!よがったぁぁ!」
声を上げて泣き始めたので驚いたが、それを合図に医者やら看護師やらと集まってきた。
「朝顔……」
「じんぱいしたんでずよ!ズゥッ、やじゃさん、ぜんぜんおぎないから!」
夜叉は驚きを隠せない。こんなに弱気な朝顔は初めて見たのだ。知っている朝顔なら「たかがバディが死にかけたが、その程度どうってことない」そう思うと思っていた。
「ズゥッ……ひどりにしないでくだざい……」
「分かった。分かったから、泣きやめ……」
「誰のせいで泣いてると思ってるんですか!」
誰のせいでもなく夜叉のせいなのだから、何も言えなくなった。
実際夜叉は一ヶ月も眠っていた。おかげで体力も筋力も落ちた。入院中毎日のように朝顔がお見舞いに来た。放課後いつもリンゴを剥いて持ってきて、夜叉の横で勉強していた。
「朝顔、」
「なんですか。」
「なんで毎日来るんだ?わざわざ来なくても……」
「なんで……って。私のせいでバディが死にかけて、起きたから『はい終わり』ですか?私には出来ません。」
夜叉は無神経だったと後悔した。朝顔は責任を感じていたのだ。あの時もっと後ろも警戒していれば、と。そうすれば夜叉が怪我することは無かったのに、と。
「本当に……怖かったんです……もし夜叉さんが……死んでしまったら……どう償おうか……」
「待て。そんなに考えなくても……」
「考えちゃうんですよ!好きだから!」
「え、……」
勢いで言ってしまったようだ。朝顔はバッグに荷物を急いで詰めた。
「帰ります……さっきのは忘れてください……じゃ」
「待て!朝顔!」
咄嗟に手を取るものの、朝顔はそれを振り払おうと必死だ。
「離して、」
「嫌だ。」
「離せって!」
振り向く朝顔の頬はまた濡れていた。
「おいで、朝顔。」
彼女は顔を歪めて抱きついた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「なぜ謝る?」
「……言うつもり……なかったんです。」
「あぁ。」
ゆっくり背中をさすってやると、だんだん落ち着いてきた。
「墓場まで……持っていくつもりで……夜叉さんを……汚すようで嫌だったんです……」
「そうか……でも、俺は嬉しかったがな。」
「え、……?」
面と向かってみる。泣き止んでいるものの瞼が少し腫れて、目を赤くしていた。
「あの日から朝顔は泣いてばかりだな。」
「だって……だって!」
泣くと朝顔は幼くなる。それはそれで可愛いと思ってしまった。
「……俺とて、大切だと思っていなければ、庇うことはしない。」
「でも、それは……バディだから」
「違う。朝顔だからだ。あの一瞬、朝顔が刺されたと考えただけで怖かった。勝手に足が動いてた。」
朝顔の手をそっと握った。
「好きだ、朝顔。」
「っぅ……///!わ、私の方が好きです!」
「はははっ!」
最悪の出会いが最幸の関係になったのだ。