夕餉を千臣のいる離れへ運ぶ。家主として挨拶しないわけにはいかないと、祖母も一緒に見舞った。

祖母が旅人だという千臣に話を向けていた。何処から来たのかだとか、何を目的に旅をしているのかだとか、家族はどうしているのかだとか。この村は今の街道からは外れているので旅人は珍しい。そういうことも相まっているのだろうと思う。それでも。

「おばあさま。そんなに畳みかけては千臣さんが疲れてしまいます。まだ傷だって治ってへんのに、お可哀想です」

千代が言うと、祖母は居住まいを正して謝罪した。

「ああ、そうやな。千臣殿、すまんかった。この村に外から入られる人は珍しいてな」

祖母が謝ると、千臣も気にしないで下さいと応じていた。

「珍しい話でも出来ればいいんですが、そう大きな事件にも逢わなかったので」

「それはなによりやて」

ふふ、と祖母が笑むのに千臣も釣られてか微笑んだ。

「ああ、しかし、道中どこもかしこも、時期柄、田植えの話でもちきりでしたね」

「ああ、去年も不作やったからなあ。どこも今年の実りが気になるんやろな」

千臣の言葉に祖母がため息を吐く。

「十五年前みたいな酷いことにはなっとらんけど、十分な実りがあるかと言えばそうやないからな。こればっかりは神様にお願いせなあかん」

「そう思うと、水凪様がおいでくださった今年は大丈夫かもしれへんですね」

千代の言葉に祖母も安堵の表情で言葉を継ぐ。

「龍神様が居て下されば水に憂うことはない。ありがたいことや」

「水凪殿はいつからこの村に?」

千臣の問いに、七日程前か、と祖母が返した。

「田植えの時期に、丁度良かったですね。峠道から見ただけだが、この村には、小さい沼の他には細い川が通っていただけに見えた」

「そうや。この郷は規模も小さく人手が足らんこともあって、隣の村のような用水が未だない。大和の寺院も都の貴族も、実りの少ないこんな山の中の村にまで手を割かへん。投げ釣瓶頼みの農業は労が多くて実利が少ない。龍神様のご加護があればと、何度も思うてきた。それがやっと叶うんや」

祖母はその場で神様を拝むように手を合わせた。祖母の生きてきた人生の分だけ苦労がある。齢十八の千代にははかれないものだ。それが今、解消されようとしている。水凪に対して手を合わせたくなるのも、無理がないと思った。