「卑怯だよね、言葉の暴力って。外見に傷が残らないから、どれだけ傷ついてるか誰にも伝わらない。あんたも自分がどれだけ人を傷つけてるか自覚ないでしょ? だから、いっそのこと痣ができるくらいボコボコに殴ってくれたらいいのにって、そしたら全部慶のせいにして全部終わらせる口実にできるのにって、ずっと思ってた」

 まるで別人みたいなのんが吐く台詞を聞きながら、違和感を覚えていた。
 あんた、なんて、のんに言われたことが一度もない。
 だけど、オレも、いつものんをなんて呼んでいただろうか。

「まあそういうのがわかる人だったら、あの人が言ったことまんまと信じ込んだりしないよね。ほんとにオレの子か、って。どっちにしろ何かしら言い訳して逃げてたくせに。結局、自分を守って正当化して、優位に立つことしか考えられないんだから。馬鹿じゃないの」

 ああ、そうだ。オレはずっと、おまえと言っていた。
 のん、と最後に呼んだのは、いつだっただろうか。

「モト君たちの前で私のこと馬鹿にするのも、さぞかし気持ちよかっただろうね。私を馬鹿で我儘なクソ女に仕立て上げて、上から物言って。だけど、あんたが幼稚な発言するたびに場の空気がどうなってるか、みんながどんだけ引いてるかわかんない?」

 なんだ、こいつ。誰だよ。オレはこんな奴知らない。
 のんは馬鹿で我儘でだらしなくて全然オレの思い通りにならなくて──だけど明るくて、誰よりも笑った顔が可愛い女の子だったはずだ。

 確かにオレも悪いところはあったかもしれない。確かに言い過ぎたときもあったかもしれない。
 だからって、なんでこんな言い方されなきゃいけねえんだよ。

「……けよ」
「何? 聞こえない」
「出てけっつってんだよ!」

 いつもみたいに、謝ってくると思っていた。
 だけどのんはおもむろに立ち上がり、アウターを着て部屋を出た。