「なんだよその言い方」
「じゃあなんて言ってほしいの? おめでたいねーとか言って、一緒に喜べばいいの? ありえない」
体温が急上昇して、顔が赤くなったことがわかった。
図星、だった。結婚式に来てと美莉愛に言われたとき、のんも連れていっていいだろうか、と思っていたのだ。今までのことは全部水に流して、オレが大切にしてきた存在の幸せを、一緒に祝福してほしかった。
言葉に詰まってしまったオレに、のんは冷たい声のまま続けた。
「子どものこと」
「え?」
「ほんとにオレの子か、って言ってたよね」
「……それは」
「よくわかったね。慶の子じゃないよ」
地震でも起きたのかと思うくらい視界が激しく揺れた。
何も言えず呆然としているオレに、のんが続ける。
「って言ったら、安心する?」
オレたちは、今まで何度も喧嘩をしてきた。先に怒るのはオレだったという自覚はある。だけどのんも散々言い返してきた。
なのに、今ののんは。
まるで嘲るように鼻で笑った。
こんなの初めてだった。
「……ふざけんな。なんなんだよおまえ」
なんでこんな態度取られなきゃいけねえんだよ。オレだってずっと悩んで、苦しんでいたのに。
オレに見向きもせずテレビを観ている姿にイラついて、テレビを消した。
「聞いてんのかよ⁉︎」
のんはオレを見ない。今度はテレビの向こうにある窓を見つめていた。どうしたらいいのかわからなくて、感情のやり場がなくて、煙草に火をつける。
やっとオレを見たのんは、ひどく冷めた目でオレを見下ろしていた。
いつもと真逆の、ひどく奇妙な光景だった。
「いいよ、続けて」
「は?」
「私に文句あるんでしょ? いつもみたいに、馬鹿みたいに思いつく限りの暴言吐けばいいじゃん。べつにもう言い返したりしないよ。あんたの説教なんか聞きたくないけど、まともに相手するのもめんどくさいし、聞くだけ聞いてあげる。だから、好きなだけどうぞ」
「……な」
なんだ、これ。何がどうなってるんだよ。
のんは馬鹿で我儘だ。だけどこんな風に人を──オレを馬鹿にするような物言いをしたことは一度もない。
誰だこいつ。誰なんだよ。
混乱しているオレが口を開くよりも先に、
「殴ってくれたらいいのにって、ずっと思ってた」
ぼんやりと窓の外を見やりながら、のんが呟いた。