家へ帰ると、のんはソファーに座ってぼんやりとテレビを観ていた。

「……ただいま」
「おかえり」

 ひどく冷たい声だった。こっちを向きもしない。
 用事ができたから出かけると言ったとき、のんは無反応だった。誰、と訊いてくることもなく、ただ『わかった』と言っていた。今みたいに、ひどく冷たい声で。まるで人形みたいに──オレに興味がないみたいに。

 ──ねえ、それ、本気で言ってるの?

 もしも、本当に、オレの子だったのだとしたら。
 オレはのんにとんでもないことをしてきた。とんでもない暴言ばかり吐いてきた。
 だけど、まだ取り返しがつかないというほどの段階ではないはずだ。のんはまだオレを好きでいてくれているはずだ。オレたちはまだやり直せるはずだ。

 だって、のんは。
 今も変わらず、ここにいる。
 ずっと、オレのそばにいる。

「あの……さ」
「何?」

 のんは振り返らない。
 アウターを脱ぎ、のんに近づいていく。隣に座ろうとしたのになぜかできなくて、床に腰を下ろした。

「……今日、あいつと会ってきた」

 のんに言ったのは初めてだった。
 のんはやはりこっちを向きもせず、テレビを観ている。

「妊娠したから、結婚するんだって」
「……え?」

 やっと振り向いたのんは、目を丸くしていた。
 ここ一ヶ月間の無表情が崩れたことにほっとする。

「だから、もうあいつと会うことはないよ。もう心配いらない」

 喜んでくれると思った。よかった、ずっと寂しかったんだよ、これからは私のことだけ見てね。そんな風に言ってくれると思っていた。また前みたいに戻れると思っていた。
 なのに、のんは。

「……もうちょっと早く知りたかったなあ」

 呟いて、乾いた笑いをこぼした。

「は? どういう……」
「なんでもない。ていうか、今さらどうでもいいよ」

 またオレから目を逸らし、大して観てもいないだろうテレビに視線を戻した。
 カッとなって、のんを睨みつける。