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「のんっていうの?」

 出会いは高二の冬、私のバイト先であるカフェ。
 注文カウンターに立っていた私に馴れ馴れしくそう言ってきたのが慶だった。ネームプレートには手書きでニックネームが書かれている。

「あ、はい。ご注文は……」
「のぞみ? ののか?」
「ご注文は」
「彼氏いる?」

 見たところ大学生だろう。さっぱりした黒の短髪と、流行に寄りすぎない清潔感重視のファッション。一見ナンパをするようなタイプには見えないのに、口調からも表情からも揺るぎない自信が見て取れた。

 顔は悪くない。自信を持つほどではないにしろ、爽やかな雰囲気はそれなりにイケメンの部類に入らなくもないかもしれない。つまるところ、雰囲気イケメンってやつだ。
 ふと目に飛び込んできたハイブランドの腕時計が、やけに浮いて見えた。

「お客様がお待ちですので、ご注文をお願いいたします」

 ナンパをされるのは初めてじゃなかったし、あしらい方もなんとなく身につけていた。
 慶はまさか流されると思っていなかったのか、狐につままれたような顔で「え」と短く漏らし、たどたどしい口調でアイスコーヒーを注文した。

 根拠があろうとなかろうと、自信家は好きじゃない。それに当時はとても恋愛なんかする気分にはなれなかった。おそらく私の人生で最大の傷になるだろう失恋を、まだ全然乗り越えられていなかったからだ。

 けれど、その二ヶ月後に再会することになる。
 テスト期間中はバイトを休ませてもらい、図書館で勉強をするのが日課だった。

「あ。〝のん〟だ」

 日当たりのいい窓側のテーブルで一人黙々と勉強していた私の数メートル向こう側から、聞き覚えはないのにやたらと馴れ馴れしい声がした。顔を上げると、見覚えはある気がするけどよく思い出せない男の人が立っていた。
 にっと笑ったその人は距離を詰めてきて、テーブルに広げているノートや教科書を覗き込んだ。

「北大受けるの?」

 さっきまで眺めていた北大のパンフレットを見つけた彼は、声のトーンを一つ上げた。
 なんとなく慌ててノートの下に隠す。