私たちは当初の予定通り、ただ朝まで一緒にいた。
 衣服を身に纏い、ベッドに寝転んで、手さえも握らないまま、話したり話さなかったりしながら、ぼんやりと天井を見上げていた。

「なあ、陽芽」
「ん?」
「おれずっと考えてたんだけど」
「何?」
「もしさ」
「うん」
「おれが今持ってるもん全部捨てるって言ったら、どうする?」

 あまりにも平然と言うから、一瞬呼吸の仕方がわからなくなった。

「……何言ってるの?」
「陽芽のためなら今持ってるもん全部捨てられるよ、って言ってる」

 いつまでなら即答できたんだろう。嬉しくないと言えば嘘になる。だけど私はその問いに答えられない。それは私が高校生の頃よりは少なからず現実を見られるようになったからだろうか。
 素直に答えてしまえば、慎ちゃんの全てを壊してしまうことになる。

「おれおかしい?」
「……おかしいよ。今日の慎ちゃん、すごい変」
「だよな。……ごめん」

 下手くそに笑う慎ちゃんは、「帰ろうか」と言って体を起こした。

 慎ちゃんは何を思ってそんなことを言ったんだろう。
 私のことはどうでもいい。私が持っているものなんてたかが知れているし、全部壊れたっていい。むしろもうとっくに壊れている。
 だけど慎ちゃんは違う。『全部捨てる』なんて、例え話にしても重すぎる。慎ちゃんの背負っているものは大きい。

 バスローブからスーツに着替えた慎ちゃんは、

「──好きだよ、陽芽」

 もう二度と聞けないと思っていた言葉を吐いて、私を強く抱きしめた。
 だけど私は、慎ちゃんの背中に手を回すことができなかった。
 だって私は、慎ちゃんを幸せにすることができない。
 わかっているのに、どうしてこんな気持ちになるんだろう。

 ──私も好きだよ。慎ちゃんのことが、どうしようもなく大好き。

 何よりも強く抱いているその想いは、決して口にできない。
 体を離した慎ちゃんは、私の頬にこぼれた涙を指先で拭った。



 ──絶対に赦されない恋ってなんだと思う?
 ──浮気とか二股とか? あ、不倫?

 慎ちゃんには彼女がいる。私には彼氏がいる。だからこれは、紛れもなく浮気なのだろう。付き合っているわけではないにしろ、お互いに気持ちがあるのなら二股でもあるのかもしれない。

 ただそれだけだったらよかったのに。
 浮気でも二股でも不倫でも、なんでもよかったのに。
 ただ、他人のままでいたかった。

 慎ちゃんとだけは、きょうだいになんか、なりたくなかった。