「慶はのんちゃんが好きだよ。それは断言できる。でも……のんちゃんは違うよね」
のんちゃんは少し赤みが引いた顔を俺から逸らし、天井を見上げた。
そして数秒間の沈黙ののち、静かに呟いた。
「私ね、好きな人がいるの」
なぜか強烈なダメージを受けてしまった俺は、何も返せなかった。
そこでやっと気づく。今まで慶とのんちゃんを平気で見ていられたのは、のんちゃんの気持ちが慶にないことをわかっていたからなのだと。
俺の胸中を知ってか知らずか、のんちゃんが続けた。
「浮気、って言ってたよね。あと……二股と不倫、だったっけ」
「え?」
「絶対に赦されない恋」
なんのことかと思ったが、記憶をたぐり寄せてみれば、いつだったか確かにそんな話をしたことがある。
慶の浮気疑惑の話じゃなかったのか。
「その話ころころ変わるやつなんなの?」
のんちゃんは俺の質問に答えず、あの目を──べつの何かを映しているような、黒く虚ろな目をして続けた。
「たぶん、正解なんだと思う。きっと大半の人がそう答える。でも、残念ながら私の中では不正解」
じゃあ何、とは言わなかった。
なんとなく、口を挟むタイミングではない気がした。
それに、問うまでもなく、いつか彼女の口から語られるのだろう。
「ずっと考えてたの。……本当にそうだったらいいのに、それ以上の罪がこの世に存在しなければいいのに、って」
ああ、そうか。
この目の奥にいるのが〝好きな人〟なのか。
そしておそらく、その人との恋が──。
「もっともっと、絶対に赦されない恋が、世の中にはあるんだよ」