慶に連絡はしなかった。どうせまた、しばらく置いといてとかなんとか言われるに決まっている。──というのは、言い訳だ。
ソファーに座ったのんちゃんは、立てた両膝に顔を埋めた。今日は珍しく露出ゼロの服装だが、そうでなくとも泣いている女の子を襲う趣味など俺にはない。
静かな部屋には、のんちゃんのすすり泣く声だけが響いていた。
小さくうずくまっている姿を見ながら、あまりにも場違いなタイミングで、彼女ができたと報告してきた慶の幸せそうな顔が浮かんだ。
のんちゃんが俺の前に現れてから九ヶ月。たったその間に、慶のイメージも和やかだったあの日々も、全てが覆されていた。
「ごめん、ほんとに。すぐ泣き止むから」
言いながら、両手で何度も涙を拭う。だけど一向に止まる気配はない。
「いいよべつに。落ち着くまで──」
明るい場所で改めてのんちゃんの顔を見たとき、違和感が走った。
目が赤い。息が荒い。泣いていれば当たり前の症状だが、何かがおかしい気がする。
「のんちゃん……もしかして熱ある?」
え、と呟いた彼女の額に、迷わず手を当てた。
「すげえ熱いよ。さすがに帰った方がいいって」
「あ、うん、そうだよね。移しちゃうかも。ごめん」
「そうじゃなくて。うち薬とかなんにもないし、悪化したら大変でしょ。ていうか病院行った方がいいレベルだと思うけど」
「でも、帰ったら」
荒い呼吸を繰り返しながら、喉から無理やり絞り出したようにかすれた声で言った。
「──また慶に犯される」
あまりにも表現がストレートすぎて、逆に何を言っているのか理解できなかった。
「……は?」
静寂に包まれる。
やがて何を意味しているのか理解したとき、どくん、と心臓が跳ねて、こめかみにじっとりした汗が伝った。
俺は、それ以上何も言えなかった。