その後も一時間ほどだらだら過ごし、いい加減課題を片づけようと起き上がったタイミングでインターホンのチャイムが鳴った。誰かは見当がついているが、一応モニターを確認する。
 通話ボタンを押すよりも先に急いでドアを開けたのは、

「モト君……」

 のんちゃんが泣いていたからだった。
 真っ赤な目に溜まっている涙をぽたぽたと頬に落としていく。
 無論、彼女の涙など一度も見たことはない。どうしたの、と訊ける状態ではなかった。まるで幼い子どものようにしゃくり上げて泣いていた。

 さすがにうろたえた俺はつい玄関へ入れてしまったが、あまりタイミングがよくないことに気づいた。部屋には由井がいる。普段なら構わないが、泣いている姿など見られたくないだろうし由井もきっと困る。かといって、おそらくこんな状態になった原因だろう慶に突き返すこともできなかった。

 どうしようかと思考を巡らせていたとき、

「つぐみもうすぐバイト終わるから迎え行くわ。じゃあまた」

 気配もなしに突然後ろから言われて振り向けば、由井はすでにアウターと鞄を持っていた。のんちゃんははっとして、気まずそうに目を伏せる。由井は故意にそうしたのか、のんちゃんを見ることなく「のんさん、ごゆっくり」と言って出ていった。
 バタン、とドアが閉まる。

「……ごめん」
「何が?」
「……どうしても、他に行く場所が思いつかなくて」
「知ってるよ」
「……こんな状態で来たりしてごめんね」
「今さらでしょ」
「だって、嫌いでしょ? こういう……泣きながら来る、みたいな、めんどくさいシチュエーション」

 ぼろぼろの姿でもなお冗談めいた発言をする彼女は、余計に痛々しかった。

「面倒なのはもう慣れたよ」

 泣き腫らした真っ赤な目で俺を見上げる彼女の腕を引いて、部屋に入れた。