「いいよべつに。昔のことだし。そういうのも全部受け入れておまえと付き合っていくって決めたんだよ。なのにまじでなんなんだよおまえ」

 なんか自分に酔っちゃってるけど、なんで他の男の子どもを妊娠した前提で話を進めているんだろう。

「ちょっと……待って、ほんとに。意味わかんない。なんでそうなるの?」

 そうか。慶の態度が急変した理由がやっとわかった。
 ずっとそう勘違いしていたのなら、こんな態度になるのは当然だろう。

「……は」

 乾いた笑いが出た。
 高校生の彼女を妊娠させたという事実を信じたくなくて、そんな盲信にたどり着いたのかもしれない。なんとも慶らしい、自分を守るためだけのぶっ飛んだ思考回路だ。

 だけど、なぜ。
 慶は人を疑うということを知らない。どこかから拾ってきたみたいなあの人の話を信じて、こんな状況でも私が慶を好きでいると信じ込んでいる。私を平気でモト君に預けるのは、彼女と友達が自分を裏切る可能性など微塵も頭にないからだ。
 いくら自分を守るためとはいえ、そんな人が、なぜ。

「もしかして……誰かに言われたの?」

 慶は答えなかった。だけど明らかに目を泳がせていた。
 誰に、なんて考える必要はなかった。そんなのたった一人しかいない。

 慶の家族は私の妊娠を知らない。慶にとって、あれは人生最大のミスだっただろう。プライドの塊であるこの人が友達にも軽々しく話すとは思えない。
 ──だとしたら。

「あの人に、そう言われたの?」

 慶は目を見張って私から顔を背けた。それが答えだった。
 信じられない。
 私よりあの人を信じたの?
 ていうか。

「……ねえ、それ、本気で言ってるの?」

 幻滅、なんていうレベルじゃなかった。目の前にいる人を、生理的に受けつけなかった。もう人間とすら思いたくなかった。
 この一年間、この人は私に罪をなすりつけて、責任を放棄して、罪悪感の一つも抱かずに過ごしてきたというのか。

 私たちは身勝手な理由で小さな命を殺したのに。
 私は──二度と妊娠できなくなったのに。