慶は頭をくしゃくしゃとかいて、テーブルから煙草をとって火をつけた。
 匂いは記憶に強く残るのだという。だとしたら私は、この煙草の匂いを嗅ぐたびに、絶望感と嫌悪感と激しい吐き気を味わい続けることになるのだろうか。

「おまえがそうやって拒否するたびに、オレがどんだけ傷ついてるかわかんねえの?」

 いつも怒るところなのに、確かに慶の表情は憂いを帯びていた。
 何を被害者ぶっているのだろう。こっちの台詞なのに。

「こんなの嫌に決まってるじゃん。それに、なんでいつも避妊してくれないの? 何考えてるの? あのこと忘れたの?」

 指先に挟んだ煙草を口に運ぼうとしていた慶の手が止まる。ゆっくりと私を見た慶の顔は、いよいよ殴られるんじゃないかと思うくらい怒りに満ちていた。
 なぜ怒っているのか。今回ばかりは怒られる理由なんて微塵もない。絶対に私は間違っていない。

「今まで言わなかったけど……ほんとにオレの子だったの?」
「……え?」

 それほど難しい言葉じゃないのに、慶の言っている意味がすぐに理解できなかった。

「ちょ……待って。どういう意味?」
「オレに言わせんな」

 ──ほんとにオレの子だったの?

 それは、つまり。
 私が慶以外の誰かの子どもを妊娠した可能性を考えている、というわけで。

「何……言ってるの?」

 ──誰の子?

 妊娠を告げたとき、お母さんは真っ先にそう言った。私が慶と付き合っていることを知っていたのに。何度も慶に会っていたのに。私なりに前に進もうと頑張っていたのに。お母さんに疑われたことがショックだった。
 なのに、まさか慶にまで疑われていたなんて夢にも思わなかった。

「ずっと……疑ってたの?」

 信じられない。吐き気がする。
 せり上がってくるものを無理やり飲み込んでも、余計に吐き気が増すだけだった。