「あれ? まだ休憩入ってないの?」

 主任に言われてはっとする。時間を見れば、いつの間にかお昼休憩の時間になっていた。

「キリがいいところまで進めちゃいたくて。今から入ります」
「はーい、いってらっしゃい」

 パソコンを閉じて席を立ち、フロアを出た。



 慶は勘違いしている。
 私は椿女子大になんか通っていない。それどころか大学生ですらない。そもそも早く家を出たかったから、最初から高校卒業後は就職するつもりだった。

 だから大学のことなんて全然詳しくなかった。北大と椿女子が近いなんて知らなかったし、道内に四年制の女子大が一つしかないことはもっと知らなかった。女子大と言っておけば関わることはないだろうしなんとかごまかせるかなと思っていたのに、まさか地下鉄でたったの一駅分だとは思わなかった。

 同棲相手にそんな大嘘をつくなんてさすがに無理があると思っていたけれど、慶はもはやこっちが心配になってしまうほど私の嘘を疑っていなかった。

 ──のんが大学受かったら一緒に住もうな。それで、いろんなとこ行こう。

 慶にそう言われてから進学を視野に入れていた時期もあったけれど、流産したときにやめた。ただ、あの日──別れを告げようとしたとき、慶のスマホに表示された名前を見て、札幌に行く決意だけを固めた。慶を監視するために。

 慶の誤解を解かなかったのは、単に面倒だったからだ。大学に進学しないなんて言えばまた私を馬鹿にするネタを増やしてしまうだけだし、嘘がばれたらばれたでべつによかった。慶の元を去る日が早まるだけ。

 目的を果たせなかった、という後悔は多少残るかもしれないけれど、それ以上に、早く慶と別れたい、こんなことは早くやめてしまいたいという気持ちが大きくなってしまっていた。全部自分で決めたことなのに、思っていたよりもずっときつかったのだ。

 私が札幌に住むことを断固反対していたお母さんは、慶と一緒に住むためだと説明したらあっさり許可した。そもそも私に指図する権利なんてとっくにないはずだ。絶対に諦めたくなかったことを、二度も無理やり諦めさせたのだから。

 高校卒業後、とりあえず派遣会社に登録した。九時から五時、平日のみ、三ヶ月更新というこの上ない好条件だった会社で働くことにした。
 固定されている勤務時間をどうごまかすか、ごまかしきれるのかが心配だったけれど、講義を詰め込んでいることにしたら慶はあっさり信じた。