陽芽のことを好きになったのは、初めてその姿を見た瞬間だった。
大学一年の夏休み、レポートに必要な資料を探すため図書館へ行った。木製の長机が並んでいるスペースの、窓側の端の席に陽芽は座っていた。
運命を感じただとか、そんな大それた話じゃない。ただ、ああ、この子だったんだ、と思った。それくらい、陽芽を好きになるのは当たり前のことに思えた。のちに陽芽も同じ印象を持ってくれていたことを知った。
とはいえ話しかけられるはずがない。なぜなら陽芽は中学校の制服を着ていたからだ。大学生の男が中学生の女の子に安易に話しかければ、下手をしなくても不審者である。
「大学生ですよね? 勉強教えてもらえませんか?」
不審なのは陽芽の方だった。見かけてから三十分後、いきなりおれの隣に座ってそう言ってきたのだ。
いくらなんでも唐突すぎる。
「な、なんでおれ?」
「なんとなく?」
なんとなくで見ず知らずの男に話しかけるとは。この子ちょっと危険じゃないか?
心配しつつ、じっとおれを見つめる陽芽に常識というものをやんわり伝える。
「中学生だよね? おれより塾とか家庭教師とかの方がよっぽどいいと思うんだけど……」
「そこまでするほどでもないっていうか。なんとなく、あなたに教えてほしいなって思ったんです」
伝わらなかったし、よくわからない理由だった。
ちょっと動揺しながらも、おれの中では最初から返事が決まっていたのだろう。
「い……いいけど。ここで教えるくらいなら、うん」
話しかけられたその瞬間から、心の中では舞い上がっていたのだから。
ぱっと笑顔になった陽芽は、さっそくおれの隣に腰かけた。
「あ、じゃあまず自己紹介しますね。小森陽芽乃です」
「神宮寺慎です」
「ジングウジさん? なんか豪華な名字」
「名字はよく突っ込まれるけど、豪華は初めて言われた。長いから慎でいいよ」
「あ、じゃあ私ものんでいいですよ」
「のん?」
「みんなにそう呼ばれてるので」
「そっか。わかった。のん、ね」
この日から、おれたちは始まった。