「ねえ、慎ちゃん」
「ん?」
「……彼女と、うまくいってる?」
お互い前を向いたまま、ただのオブジェと化している噴水を眺めていた。
それでも、視界の端で慎ちゃんが小さく反応したのがわかった。
「あー……べつに普通だよ」
じゃあどうして、私に電話してきたんだろう。どうして『うまくいってるよ』って答えてくれないんだろう。どうして私は今、顔を曇らせた慎ちゃんにほっとしているんだろう。
──ごめん、陽芽。……別れよう。
その後しばらくして、慎ちゃんには彼女ができた。その人は今でも慎ちゃんのそばにいる。
彼女のことは、顔も名前も知っていた。
この目で、この耳で、彼女の存在をしっかりと認識する。そうすれば諦められると本気で思ったのに、今となっては全てが滑稽でしかない。結局こうして二人で会っていることも、奇妙な偶然も、全て。
何度願っただろう。
全部夢だったらいいのに、と。
思い出すだけで、心臓が強く握られているみたいに痛んだ。慎ちゃんが私に着せてくれた、慎ちゃんの香りがするパーカーをぎゅっと掴む。
優しいところが大好きだ。だけど今は素直に喜べない自分もいる。
服であたためてくれるよりも、ただ慎ちゃんと手を繋いで歩きたかった。
「寒い?」
慎ちゃんが私の手に触れた。握るわけではなく、ただそっと添えているだけ。
歩くとき、座るとき。一人分の距離さえもあけていないのに、それでもひどく遠い。
私たちは誰よりも近くて、誰よりも遠い。
「ううん。大丈夫」
会うたびに思う。私たちの距離はどこまでなら赦されるのだろう。
答えはちゃんとわかっていた。
こうして会うことも、好きになったことも──出会ってしまったことさえも。
全部全部、赦されないことだった。