付き合っていた頃、四歳年上の慎ちゃんは大学生だった。通っていたのは北海央大学。地元は同じだから、慎ちゃんが夏休みで帰省していたときに出会ったのだ。つまり、遠距離恋愛だった。
──北大受けるの?
慶は勘違いしている。
慶と再会した日、北大の資料を見ていたのは受験するためじゃない。ただなんとなく、慎ちゃんが通っている大学がどんなところなのか気になっただけ。私に北大受験を視野に入れられるほどの知能はない。
付き合ってからもあえて訂正せずにいたら、慶はいつの間にか『北大受験を諦めた馬鹿』の称号を私に与えていた。
「なんかごめんな。もう通水期間終わってること忘れてた」
「いいよ。大通公園好きだし」
「おれも。懐かしいよな」
「うん」
付き合っていた頃、私はバイトを詰め込んでお金を貯めて、時間と貯金の許す限り札幌に来た。長期連休に入れば毎日会えるとわかっていても、会えない数ヶ月間がどうしても耐えられなかった。あの頃の私は慎ちゃんしか見えていなかった。
慎ちゃんはいつも札幌駅まで迎えに来てくれた。当時慎ちゃんが住んでいたのは中島公園駅付近のマンション。地下鉄ならあっという間に着くけれど、田舎者の私にとって札幌の街並みは新鮮で刺激的で、歩く方が楽しかった。
中でも大通公園が気に入っていた私は、札幌へ来るたびに寄った。
特に何をするわけでもない。たわいもない話をしながら、西一丁目から西十二丁目までの長い道を、ただ手を繋いで歩いた。一周すると、西三丁目の噴水前のベンチに座る。それがお決まりのデートコースだった。
あれがさっぽろテレビ塔。ここ、春は桜並木になってすげえ綺麗だよ。他にも、夏はビアガ、秋はオータムフェスト、冬は雪まつり。一年中ってほどではないけど、ちょこちょこ何かしらイベントあって楽しいよ。陽芽も高校卒業後は札幌来れたらいいな。そしたらおれめちゃくちゃ嬉しい。
慎ちゃんがそう言ってくれたとき、卒業後は絶対に札幌に来ると決心した。何年先もずっと、ずっとずっと、慎ちゃんの隣でこの景色を見ていたい。心からそう願った。
なのに私たちは、私が高校を卒業するずっと前に終わってしまったのだ。
慎ちゃんと付き合っていた──ううん、出会った日から別れを告げられるまでの約一年半、一点の曇りもなく幸せだった。
全部全部、今でも鮮明に覚えている。
幸せ、だったのに。