何時間が経っただろう。
ぼうっとテレビを観ていたとき、突然スマホが鳴った。我に返り、いつの間にか部屋が暗くなっていることに気づく。
ワンコールで切れると、画面には不在着信の履歴だけがぽつんと浮いていた。LINEやインスタなどの無料通話ではなく、電話番号でかける電話だ。
履歴をタップして相手を確認する。名前ではなく十一桁の電話番号が無機質に表示されていた。なのに、相手がわかった瞬間に心臓が高鳴った。
悩んだ末にかけ直すと、その人は優しい声で私の鼓膜を揺らした。
『久しぶり、陽芽』
世界中でただ一人、私の名前を呼ぶ人。
「──慎ちゃん」
ずいぶん久しぶりに呼んだその名前と、同時にまぶたの裏に浮かんだ穏やかな笑顔は、無条件に私の涙腺を刺激した。
『忘れられてるかと思ってた』
私たちはお互いのSNSの類を知らない。関係を絶つために消した、と言った方が正しいか。昔ノリで教え合った電話番号も今は登録されていない。
それでも、
「……忘れるわけないじゃん」
あまりにも自然にその言葉が出てくる。
忘れたことなんてなかった。これからだって、きっと一生忘れられない。
たとえ電話番号を忘れてしまったとしても、声を聞いた瞬間に思い出せる。
『今大丈夫だった?』
かすかにエンジン音と音楽が聞こえる。車の中だろうか。
「……なんで?」
『今日……陽芽の誕生日だな、と思って』
喉がぐっと押されたような感覚を覚えて、鼻の奥がつんと痛んだ。
ささくれ立っていた体の芯がほぐれていくような、そんな心地がした。
「……覚えててくれたんだ」
『忘れるわけないだろ』
一度堪えられた涙が再び込み上げてくる。
慶が放った『死ね』のダメージなんか、慎ちゃんがくれるたった一言でかき消されてしまった。
『陽芽は? 今一人?』
「うん」
『……なあ、陽芽』
「ん?」
『今から会える?』
涙が頬を伝った。
慶にどれだけ暴言を吐かれたって一滴も流したことのない涙は、慎ちゃんという存在がそこにあるだけで、こんなにも簡単に流れてしまう。
慎ちゃんのことを忘れると決意したはずなのに、
「……うん」
こんなにも簡単に流されてしまう。