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 慶の私に対する当たりが強くなった理由はわからないにしろ、きっかけは間違いなくあれだった。

 約一年前の、私が高三の秋。
 私のお腹には一つの命が宿った。

「妊娠したかもしれない」

 夏休みで地元にいた慶を話があると呼び出して、迎えに来てくれた慶の車の中で切り出した。

 胸が張る、下腹部がずきずきと痛む、微熱が出る。
 月経前の症状とよく似ていたのに、なぜか妊娠したと直感した。それは女としての勘みたいなものもあるかもしれない。だけどそれ以上に、私たちは避妊を怠っていたという決定的な理由があったからだ。

「まじで子どもできたならすげえ嬉しい。オレ、大学辞めて働くよ」

 慶は間違いなくそう言った。私の聞き間違いでも妄想でもない。
 嬉しかった。だけど怖くてすぐに確認することができず、二週間悩みに悩んで覚悟を決めて、ついに妊娠検査薬を使った。すぐに陽性反応が出たことを慶に告げた。

「やっぱり妊娠してた」

 したかもしれない、と告げたときと同じ、公園の駐車場に停めた車内。
 産んでほしい、と言ってくれると思っていた。検査薬を使う覚悟ができたのは、同時に産んで育てる決心ができたからだ。慶も同じ気持ちでいてくれていると思っていた。

 今となっては、私が慶を信じていた最後の瞬間だったのだろう。
 そのとき慶が真っ先に言った台詞を、今でもはっきりと覚えている。

「……悪夢としか思えない」

 こっちの台詞だった。悪夢としか思えなかったし、なんならそうであってほしかった。聞き間違いであってほしかった。
 いっそのこと忘れてしまいたいのに忘れられない。

「え……ちょっと、待って。……大学辞めて働くって言ってくれたよね?」
「だって、そのときはまさか本当に妊娠してるなんて思わなかったし……。つーか……まさか産むとか言わないよな?」

 涙も出なかった。幻滅なんて軽い言葉では表すことはできない衝撃と、世界が歪んだような激しい眩暈に襲われた。