ていうか、わざわざ喧嘩するために電話してきたのだろうか。面倒くさいし時間の無駄だ。

「そう、私は要領悪いの。だからお盆が終わったら札幌に戻らなきゃいけないの。いいじゃん、離れるのなんかあとたったの一ヶ月だけなんだから」

 声が止む。慶の曇った顔が鮮明に想像できた。
 もう慶の笑顔をうまく思い出せない。最後に二人で笑い合ったのはいつだっただろう。

『……もういいよおまえ。勝手にしろ』
「うん。ごめん」

 今は単なる口癖ではなく、謝らなきゃいけない気がした。
 気がした、じゃないか。何度謝っても足りないようなことを私はしているのだろう。慶にだって、今はもう謝ってほしいと思わない。何度謝られても赦せない。
 電話を切って、今度こそお風呂場へ向かった。

 連休中まで監視する必要はない。慶があの人と会うのは決まって平日だし、そもそもそこまで頻繁に会えるわけでもないはずだ。何より、札幌に帰ればまた嫌でも一緒にいるのだから、私だって束の間の安息くらいほしい。

 慶からあの人の話はだいたい聞いていた。というかべつに聞きたくもないのに聞かされた。ロミジュリよろしく、抗えない運命によって引き裂かれた二人みたいに涙すら浮かべて語っていた(ロミジュリの内容はよく知らないけど)。

 感想を正直に言うのなら、馬鹿なの?だった。
 そんな時代錯誤の話があるか。それに大企業の社長令嬢といってもこんな田舎じゃたかが知れている。間違いなく騙されているだろうに、慶は信じているらしかった。もはやピュアとかいうレベルじゃない。
 もう一つわかったのは、慶は私に運命を感じたわけではなく、惚れた女全員が運命の相手だと思い込んでしまう馬鹿男だったということ。

 本当に馬鹿みたいだ。慶も私も、全部、全部。
 ああ、私、何やってるんだろ。
 無性に虚しさが込み上げて、熱いシャワーを顔にかけた。