私は〝お父さん〟の顔を知らない。覚えていないのではなく知らないのだ。
モト君には『再婚』と説明したけれど、お母さんは未婚で私を産んだらしかった。だから正確に言えば再婚ではなく初婚。ちょっとややこしいし急にそんな話をされても反応に困るだろうから『再婚』と言っておいた。
お父さんのことを子供の頃に訊いてみたら、お母さんは悲しそうに笑んで『ごめんね』と言うだけだった。お父さんの話は禁句なのだと幼心に察した私は、それ以降訊かないことにした。ただただ、お母さんを悲しませたくなかった。
「帰ってくるなら連絡しなさいよ。ご飯作ろうか」
「食べてきたから大丈夫」
「慶くんと?」
「ううん。一人で帰ってきたから、適当に」
お母さんの顔が微妙に強張ったのを、私は見逃さなかった。
「慶くんとは……仲良くやってるの?」
「普通だよ。喧嘩したから別々に帰ってきたとかじゃないよ」
「そう。よかった……」
今度は心底ほっとした顔をした。忙しい人だ。というか、顔を合わせるたびに同じやり取りをしていて飽きないのだろうか。私ははっきり言ってうんざりしている。
家の中はお父さんとお母さんだけで、お父さんの息子──私の義理のきょうだいは帰ってきていないみたいだった。
彼は親同士が結婚したときすでに家を出ていて、卒業した今でも実家には戻らず一人で暮らしている。忙しいとは聞いているものの、お盆くらいは帰ってくると思っていたのに。
歪んでしまった私と違ってまっすぐな彼は、この白々しい家族ごっこに耐えられないのだろう。私がこの家にいるときは余計に、どう接したらいいのかわからないのかもしれない。
あるいは、私に遠慮しているのだろうか。私のことなんか気にせず、彼女を連れて帰ってくればいいのに。
その方がお父さんとお母さんも喜ぶし、何も知らない他人がいてくれればこの歪な空気も多少は和む。