やや重く感じる空気を切り替えるべく違う話題を考えていると、

「ねえ。……絶対に赦されない恋ってなんだと思う?」

 のんちゃんが先に口を開いた。
 ペットボトルをテーブルに置き、膝を抱えている両腕に顎を乗せて、上目で俺を見る。

「何それ。急にそんなこと言われてもわかんないよ」
「ぱっと思いついたやつ言ってみて」
「え……じゃあ、浮気とか二股とか? あ、不倫?」
「……やっぱり、そうだよね」
「これなんの話?」
「ううん。なんでもない」

 目が合っているはずなのに、のんちゃんの瞳に映っているのは俺ではない。
 そんな気がするほど、黒く虚ろだった。

「じゃあ次の質問。なんで慶がわざわざ札幌の大学選んだか知ってる? 大学くらいもっと近くにあるのに」

 脈絡がなさすぎて混乱が増す。

「慶の高校は進学校で、札幌の大学受ける奴が多いって聞いたけど」
「ふうん。慶ってまともな嘘つけるんだね」

 のんちゃんは小馬鹿にするように鼻で笑った。
 そんな姿を見るのも初めてで、また心臓がざわついた。

「慶ね、高校のときに付き合ってた人がいるの」
「それは聞いたことあるけど。ごめん、ほんとになんの話か全然わかんない」
「知り合ったのは高三のとき。その人は二歳年上で、札幌の大学に通ってた。もう卒業してるけど、今でも札幌にいる」
「だから──」

 ……あれ?
 そういえば去年の花火大会の日に慶と美女を見かけたあと、一体誰なのだろうと疑問に思っていた時期があった。

 やけに親しそうな──親密そうな、だけど彼女ではない女の子。
 今のんちゃんの口から出た、そして俺自身も一度だけ慶本人から聞いた、高校時代に付き合っていた女の子。
 まったくの別物だと思っていた二つの個体が、不意に交わっていく。

「慶ね、その人と今でも連絡取ってるの。たまに、昨日みたいに急にいなくなるときがあって、その日は決まって何時間か連絡がつかなくなる」

 物語のあらすじを読み上げるように、抑揚のない声で淡々と説明していく。ごく平静な声音につられて、俺は落ち着きを取り戻していた。
 ああ、やっぱり俺の予想は当たっていたのか。ただそう思った。

「私はね、慶を監視するために来たの」