「小さい頃は名前気に入ってたんだけどね。小学校に入ったばっかりの頃、名前のことで男の子にからかわれたことあって。『ブスのくせに〝ひめ〟だってー』とかなんとか。それで親とか友達とかに自分の名前が嫌だって騒いで」
「それで『の』だけ残ったわけか」
「そうそう」
「そいつ、のんちゃんのこと好きだったんだろうね」
「今思えばね。私は大っ嫌いだったけど」
俺から離れて定位置に戻ったのんちゃんは、当時のことを思い出したのか、苦笑いを一つこぼしてペットボトルのお茶を飲んだ。
「モト君はそういう馬鹿なことしなさそうだよね」
「しないように気をつけてはいるけど、単に男きょうだいだから女の子との接し方もよくわかんないし、とりあえず下手なことはしないでおこうと思ってるだけだよ」
「モト君って長男?」
「うん。弟が二人いる」
「そんな感じ。絶対に長男だろうなって思ってた」
のんちゃんはなぜかくすくすと笑って、リラックスしたように膝を伸ばした。
「いいなあ。私もモト君みたいなお兄ちゃんほしかったな」
「いないの?」
「……いるけど」
「いるんじゃん。仲良くないの?」
「んー……良くはないかな。悪くもないけど。……お兄ちゃんって思ったことはないなあ」
「まあそんなもんか。俺も仲いいかって訊かれたら微妙なところだし、兄貴って思われてなさそう。兄ちゃんは地元にいるの?」
「ううん、札幌にいる」
「そうなん──え、だったら兄ちゃんのとこでも行けばよかったじゃん」
のんちゃんは「あはは」と白々しく笑い、また膝を抱えて俯いた。完全にごまかされたが、もう家に上げてしまったのだからこれ以上突っ込んでも無意味だと諦めた。
急に黙り込んだのんちゃんを横目で見れば、ペットボトルの飲み口に下唇をつけたまま、テーブルの何もないところに視線を落としていた。
その姿を見て、もしかすると兄というのは親の再婚でできた義理のきょうだいなのではないかと思い至る。微妙に歯切れが悪かった気もするし、少し複雑な家庭環境なのかもしれない。どちらにしろ触れない方がいいだろう。