が、一文字も打てないまま時間が過ぎていく。それに気づいたのか、のんちゃんが俺の隣に移動してパソコンの画面を覗いた。
表題と名前しか打たれていない画面を見て、
「なんて読むの?」
俺のフルネームを指差した。
「楪葉元弘」
「モトヒロはさすがに読めたけど。珍しい名字だね。そういえばモト君のフルネーム知らなかった」
「ああ、そういえば俺ものんちゃんの名前知らなかった。なんていうの? のぞみ? ののか?」
「よく言われるけど全然違う」
「じゃあ何?」
なぜかのんちゃんは唇を真一文字に結んで俺から目を逸らす。
「……ひめの、です」
「え? 姫?」
「違うから。絶対モト君が想像した漢字じゃないから。〝ひ〟に〝め〟に〝の〟だから」
口頭で言われてもどの〝ひ〟にどの〝め〟にどの〝の〟なのかまったくわからない。困りつつも、少しだけいつもの調子に戻った彼女にほっとしている自分がいた。
もう、と言いながらのんちゃんはパソコンを自分の方に向けて、カタカタと打って元に戻した。俺の名前の横に〈陽芽乃〉と入力されている。
「名字は?」
「旧姓は小森」
「旧姓?」
「うちの親、再婚だから。二年くらい前に」
ああ、と呟いて、突っ込んでいい話なのかわからないので「今の名字は?」と返すと「無駄に豪華だから内緒」とよくわからない返事がきた。それほど気にならないのでべつにいいのだが。
「陽芽乃って可愛い名前じゃん。なんでそんな嫌そうなの?」
「今モト君が想像した通りの漢字だと思われるからだよ。誰かが〝ひめ〟って呼んだとき、みんな同じ漢字を想像するじゃん。普通に恥ずかしい。ちょっとしたキラキラネームの方がまだましだった」
男だらけの工学部に在籍しているうえプライベートでも男だけで集まっている俺たちにとって、ある意味のんちゃんは紅一点と言える。が、確かに〝姫〟という感じではない。
アイドル……マドンナ……いやそれは言い過ぎか。それにそんなキャラじゃないな。
ああ、そうだ。マスコット的な存在なんだ。