長期連休に入ると、俺の生活は一変して静かになる。久しぶりに訪れた一人の時間を存分に満喫するべくゲームに熱中していた。
 寂しさは感じない。俺は本来静かな方が好きなのだ。

 あっという間に夜が更け、コントローラーを置いて眉間をマッサージする。続けるかやめるか悩み、どうせ明日も暇なのでもう少し続けることにした。
 その前に、充満している煙草の煙を解放するため窓を開けたとき。

「のんちゃん?」

 ふらふらと歩いている後ろ姿に思わず声をかけると、のんちゃんは肩を跳ねさせてこちらを向いた。

 風呂上がりなのだろう。いつもより顔がやや素朴だし髪もストレートで、おまけに襟元がパッカーンと開いた大きめのTシャツに太もも丸出しの短パンという露出度高めの部屋着姿だ。
 要するに、夜道を一人で歩くにはとてつもなく危険な状態である。

「モト君、どうしたの?」
「こっちの台詞だよ。どこ行くの?」
「……噴水、見たくなって」

 意味がわからない。
 噴水がある場所など歩いて行ける範囲では思いつかないし、あったとしてもすでに一時を過ぎている。見に行ったところでただの水溜まりだ。
 困惑している俺に、のんちゃんは「なんでもない」とぎこちなく微笑んだ。

「こんな時間に歩いてたら危ないって。しかもそんな恰好で」

 下を向いて自分の服装を確認したのんちゃんは、今気づいたかのように「ほんとだ」と笑った。
 どう考えても様子が変だ。

「んー、じゃあモト君ち入れてよ」
「はい?」

 ──モト君は、優しいよ。

 あの日以来、なんとなくこれ以上のんちゃんと関わってはいけないような気がしていた。
 人と深く関わることを避けていたのは元からだが、彼女に対しては今までと少し違う。警戒なのか躊躇なのか、とにかくあとに引けなくなってしまうような、言葉ではうまく言い表すことのできない妙な感覚。

 呼び止めてしまったことを後悔する。だけど深夜に知り合いがふらふらと歩いているところを見かければ、誰だって条件反射で声をかけてしまうだろう。

「慶と喧嘩でもしたの?」
「そんなとこ。慶が出ていったから、今のうちに私も出ていこうと思って」
「よくわかんないんだけど。慶がいないなら家にいればいいじゃん」
「あの空間にいたくないの」
「だったら大学の友達のところでも行きなよ」
「大学の友達なんかいないよ」
「一人くらいいるでしょ」
「いないんだってば」

 そういえば、のんちゃんから大学の話はおろか友達の話も聞いたことがない。
 人見知りをするタイプではないだろう。どちらかと言わなくとも人懐っこい子だ。実際、俺だけではなくいつもつるんでいる男たち、そしてつぐみともすさまじいスピードで打ち解けていた。
 そんな彼女に友達がいないというのは少し違和感があった。

「じゃあ……つぐみんとこでも行けば? 由井もいるだろうけど、俺んちに来るよりずっとましだよ」
「それはどう考えても迷惑でしょ」

 俺の迷惑は?

「だったら家帰りなよ」
「だから、あの空間にいたくないの。だめならいいや。あ、とりあえず着替えだけしてこようかな」

 関わるな。放っておけ。どう考えても面倒事だ。
 こんな深夜に、いや、たとえ昼間だろうと、友達の彼女を家に上げるなどありえない。
 べつにいいだろ。万が一彼女の身に何かあっても、俺には関係のないことだ。

 ──モト君は、優しいよ。

「……わかったよ。ちょっとだけならうちにいていいから」