*

「──たっ」
「え?」
「……ごめ……いた、い」

 薄闇の中で、のんは本当に苦痛そうに顔を歪めていた。
 夕方に言い合いを終えたあと、オレはストレスを発散するためパチンコに行った。のんはさすがに反省したのか、オレの帰宅に合わせて晩飯を作っていた。
 オレだってそこまで鬼じゃない。許すことに決めて飯を食べ終え、そして今、オレたちは裸で布団の中にいる。

「そんなに痛い?」
「……ごめん。今日もちょっと……無理……」

 気持ちも体も一気に萎えて、のんから離れた。
 最近ずっとこうだ。せっかく落ち着いていた苛立ちがふつふつと甦って、早々に服を着て煙草に火をつけた。

「おまえさあ。まじでなんなの?」

 のんは俯いたままタオルケットにくるまっている。

「ごめん」
「オレのこと好きじゃねえんだろ?」
「……なんで?」
「好きなら気持ちいいはずだろ。好きじゃねえから痛いとか言うんだよ」
「……ごめん」

 もう謝られたって気が収まらなかった。さっきも簡単に許してやるべきじゃなかったかもしれない。表面だけ取り繕って、本当は反省なんかしていなかったんだ。

 このままだと殴ってしまいそうだった。
 まだ長い煙草を消して、スマホと財布と鍵を持って外に出た。



 なんだよ。なんなんだよ。
 あいつはちっともオレの言うことを聞かない。まるで思い通りにならない。
 夏休みだって当然一緒に帰省すると思っていたのに、忙しいから盆しか帰れないと急に言い出した。せっかく遠距離恋愛を乗り越えて毎日一緒にいるようになったのに、また離れることになるとは思わなかった。

 オレの気持ちなんか考えようとしない。
 オレがどんな気持ちで一緒にいるのか、何もわかっていない。
 あいつは本当に馬鹿だ。
 なのに、なんでこんなに好きで、こんなに離れたくないんだろう。

 オレがいなきゃ何もわからないし何もできない。そう思うと、どうしようもなく愛しいと思うときがある。馬鹿な子ほど可愛い、ってやつだろうか。
 それでもむかつくもんはむかつく。
 オレがどんな気持ちで……。

 何もかもが順調だったオレにも大きな後悔がある。
 全身全霊で愛してくれている母さんに、たった一つだけ秘密であり裏切りがある。

 ──やっぱり妊娠してた。

 一年前のんにそう告げられたとき、目の前が真っ暗になった。