「だから……友達だって」
「昨日だけじゃない。一ヶ月くらい前にも用事とか言って夜遅くまで帰ってこなかったことあったよね? 私が電話しても出ないし、メッセージすら返してこなかった。用事って何って訊いても、友達としか言わなかった。ねえ、いつも誰と会ってるの?」
──ドタキャンされちゃったの。
──花火はどうしても見たくて、会場まで来ちゃって。
──だけど、やっぱり一人で見るのは寂しいよ……。
昨日聞いたばかりの消え入りそうな声が、まるであいつがすぐそこにいるかのように鮮明に鼓膜に響いた。
「あの人だよね」
疑問形ではなく確信めいた口ぶりに、さっきよりも大きく心臓が跳ねた。
のんの視線が床に落ちていることにほっとする。
俺が昨日会っていた奴とのんが言う『あの人』は、わざわざ確認するまでもなく同一人物だとわかっていた。
だとしても、悪びれる理由はない。後ろめたいことはしていないのだから。
無理やり気持ちを落ち着かせて、立て続けに煙草に火をつける。
「そうだけど……だめ? 男だろうが女だろうが、友達は友達だろ」
「でも元カノだよね?」
「昔の話だろ。彼氏とのことで悩んでるらしくて、愚痴とか相談とか聞いてやってるだけだよ」
「──は?」
ずっと無表情だったのんの顔が歪んだ。
「何それ……。ていうか、あの人と連絡取るのやめてって言ったよね」
迂闊だった。後悔せずにはいられない。のんと出会った頃はまだ傷が癒えていなくて、あいつの──美莉愛の話をしてしまったのだ。
出会いも、別れも、約束も、全て。
「……だから、話逸らしてんじゃねえって! オレは今モトたちに迷惑かけんなって話をしてんだよ!」
「話逸らしてるのどっち? じゃあ訊くけど、どうしたらよかったの? せっかくモト君がおいでって言ってくれたのに断ればよかったの?」
「当たり前だろ! つーかそもそもおまえが気ぃ遣わせるような態度取るから悪いんだろ! んなこともわかんねえのかよ! 頭おかしいんじゃねえの⁉︎」
のんは言い返せなくなると黙ることをわかっていたから、これ以上口答えをしないよう一気に畳みかけた。
「おまえほんと少しは考えろよ。甘やかされてきたのか知らねえけど、人の迷惑とか考えなさすぎ」
俯いているのんの顔はもう見えない。
のんは「ごめん」とだけ呟いた。