俺が何かを要求することはない。彼女にしてほしいことなどない。
 彼女と喧嘩をしたことも、怒ったことすらない。面倒でしかない。
 自ら会いたいなどと言うことはない。思ったことがない。
 束縛なんか一切しない。嫉妬するほど興味がない。
 別れを切り出されて引き留めたことがない。別れたいのなら俺にはどうしようもない。俺といるのが辛いなら、選択肢は一つしかないのだ。

 ──辛くたって、モトと一緒にいたいんだよ。

 一度だけ泣きながらそう訴えられたとき、心底理解できなかった。
 まるで価値観が合わない相手にしがみつく必要などあるだろうか?
 時間の無駄、ではないだろうか。合う相手といた方が効率もいいに決まっている。

「……優しくないよ、べつに」

 彼女に対してだけじゃない。

 ──ほんとは北大受けるつもりだったけど、馬鹿だから入れなかったんだよな。

 春休み中だったあの日、慶が言った台詞にのんちゃんは俯いたまま笑んでいた。だけど顔が曇っていることには気づいていた。それでもフォローの一つすら口にしなかった。
 面倒だったからだ。目の前で喧嘩さえしないでくれるのなら、のんちゃんが傷つこうがどうでもよかった。

 なのに。
 のんちゃんの言う通り、今日の──最近の俺は変だ。

 ──のんちゃんってパチンコ……好きなの?
 ──祭りのあとカラオケで飲み会するんだけど、のんちゃんもおいでよ。

 どうだっていいじゃないか。
 のんちゃんが嫌いなパチンコに連れていかれようが、万が一本当に慶が浮気をしていようが、のんちゃんが勘づいていようが、俺には関係のないことだ。

 ただでさえ人と深く関わることを避けながら生きてきたのに、二人の問題に首を突っ込むなど言語道断。カップルのいざこざほど面倒なことはない。
 俺はこういう人間なんだ。

「ううん。そんなことない」

 あまりにも真っ直ぐ俺を見つめるから、目を逸らせなかった。

「モト君は、優しいよ」

 のんちゃんが淡く微笑むと、ふわりと柔らかい風が吹いた。
 心臓がやけに騒がしくて、痛かった。