あれはちょうど一年前、今日と同じ花火大会当日だった。
 終了後にこうしてカラオケに集まっていた最中、その日も慶は『友達から連絡が来た』と言って抜けた。それだけならとうに忘れていただろうが、印象に残ったのはそのあとの出来事があったからだ。

 慶はなかなか部屋に戻ってこなかった。煙草でも吸っているのだろうと思い、酔い覚ましも兼ねて外に出たとき、離れたところに慶の後ろ姿があったから声をかけようとした。

 慶、と呼ぶ寸前で止めたのは、隣に女の子が立っていたからだった。
 泣いていた、と思う。遠目だし薄暗かったので見間違いかもしれないが。
 彼女は甘えるように慶の腕に手を添えて密着し、慶は彼女の頭を何度も撫でていた。

 あとあと慶に〝のん〟かと訊いたら否定され、つまり見てはいけないものを見てしまったわけで、記憶から消去することにした。が、いくつかの条件が重なり呼び起こされてしまったのだろう。
 間違いないと思う。あれは、地下鉄で見かけた美女だった。目が合ったとき彼女が微笑んだのは、俺にではなく慶にだったのだ。

 一連の出来事を思い出したとき、次に浮かんだのはのんちゃんの言動。
 慶と一緒にいるかわざわざ俺に確認してきたこと。そしてさっき必死に慶を引き留めていた、それこそらしくない姿。

 全てが繋がった瞬間、一つの疑惑が浮かんでしまった。
 まさかのんちゃんは、例の彼女の存在を知ってか知らずか、慶の浮気を疑っているのではないか、と。

「優しいよね、モト君は」

 何に対して「優しい」なのかわからないが、下手なことを言いたくはないので「それはどうも」とだけ返した。
 極めて冗談っぽく軽快に言ったのに、のんちゃんは俺をじっと見たまま笑わない。

「本気で言ってるんだよ」

 ──モトって冷たいよね。結局、あたしのことなんかどうでもいいんだよ。

 記憶の蓋が一気に開いてしまったのか、芋づる式にいらない記憶まで呼び起されてしまった。
 何度も言われてきたそれに対して、否定も弁解もするつもりはない。事実、俺は根本的に冷たい人間だと自覚している。

 ──そんなわけないだろ。

 そう返すのが正解だとわかっていた。なのに言わなかった。

 ──そうだよ。はっきり言ってどうでもいい。

 それが何よりの本音だったからだ。