のんちゃんは俺を見上げたまま何も言わない。
花火会場とは違って、見えない壁などなくとも辺りは静かだった。その静けさが無性に焦燥感を掻き立てる。
「けど、のんちゃんの前ではすげえ素直に感情出すじゃん。それってたぶん、のんちゃんの前でだけは自然体でいられるってことなのかなって。だから、正直ひやひやすることもあるけど、ちょっと二人が羨ましい気もするよ」
俺は何を言ってるんだろう。完全にキャラじゃない。
五秒ほど間を置いてみたが、のんちゃんは変わらず黙っている。指に挟んだまま短くなっていた煙草を灰皿に落とすと、もうやめておけとでも言うようにジュッと虚しく鳴った。
相槌すら打たなかったのんちゃんに恐る恐る目を向けると、
「モト君、らしくないよ」
呆れ顔でふっと笑った。
「さっきといい今といい、やけにお喋りだし、台詞も全部どこかから拾ってきたみたいだった」
完全に見破られていた。
力みっぱなしだった体から、すうっと力が抜けていく。
「やっぱり変だったよね」
「うん。今日のモト君、ずっと変」
今度は俺が黙る番だった。らしくないことをしてしまった理由はわかっている。
ずっと消えない心臓のざわつきと花火会場での既視感、そして一ヶ月前に地下鉄で見かけた、見覚えのある気がする美女の正体。
全てが繋がってしまったからだ。