「何言ってんの? 家事全部やってるの私じゃん」
「全部って、掃除なんか週に一回くらいだろ。朝飯だって一回も作ったことねえじゃん」

 何ふざけたこと言ってるんだろう。
 私よりも慶の方がよっぽど時間に余裕があるのに、一度だって掃除も洗濯もしてくれたことはない。まるで昭和のお父さんみたいに、家事は女がやるものだと信じて疑わないみたいだった。

「朝は食べないって言ってたじゃん」
「実家にいた頃は食ってたよ。母さんが作ってくれてたからな」

 出た、と思った。〝母さんは〟マウント。
 慶ははっきり言ってマザコンだ。そうなっても仕方ないくらい、実際に完璧で理想的なお母さんなのだけど。

 いつもにこにこ笑っていて、心の底から家族を愛して尽くしている。ただ一つだけ欠点があるとするならば、息子を溺愛するあまり馬鹿みたいに甘やかしすぎているところだろうか。

 家事は毎日抜群にこなすし料理上手、例えば三時のおやつに出てくるケーキやクッキーは全部お母さんの手作り。大学生になり一人暮らしを始めるまではインスタントやレトルトを食べたことがなかったというのだから驚きだ。
 慶は私にそれを求めている。だから、できない私に苛立つ。

 おまけに家も裕福で、初めて会った日から大切につけているハイブランドの時計は、高校合格祝いにお父さんが買ってくれたそうだった。百歩譲って大学合格祝いならまだ理解できるけれど、高校生にはあまりにも不相応だ。正真正銘の箱入り息子。

 対して私は、生まれたときからずっと母子家庭で育った。極貧とまでいかなくとも決して裕福と言える暮らしではなかったし、お母さんは朝から晩まで家にいなかったからインスタントとレトルトで育ったと言っても過言ではない。

 温かい家庭なんか知らない。家に帰っても出迎えてくれる人なんかいない。私はいつも家で一人ぼっちだった。
 慶は私の過去を知らない。家族と幸せがイコールで結ばれていると信じて疑わない慶に、そんな話をする気にはなれなかった。