慎ちゃんときょうだいだと知ったとき、私は確かに思ったのだ。全部を捨てて、私を選んでくれたらいいのに、と。
 あの頃に言ってくれていたら、私はきっと何も考えずに、それがどういうことか何も知らずに、目の前の幸せだけに囚われて頷いていただろう。

 だけど、今はもうそんな願いを抱いてはいけない。
 もし私が頷いていたら──慎ちゃんは本当に、全部捨てるつもりだったのだろうか。

「でも……お父さんの会社継ぐんでしょ?」
「どうでもいいよそんなの。そもそも父さんが悪いんだから」
「よくないよ。それに……慎ちゃん、早く結婚して子どもがほしいって言ってたじゃん。今回の妊娠が嘘だったとしても、彼女と結婚したらいつか夢が叶うんだよ。お父さんとの仲だって変わらない。何も失わずに、幸せになれるの」
「これ陽芽にだけは絶対言いたくなかったけど」

 慎ちゃんは口角を上げていた。なのに、とても笑顔には見えなかった。
 見たことのない、冷たい目をしていた。

「あいつに妊娠したって言われたとき、ちっとも嬉しくなかった。……軽蔑したろ」

 その台詞は、私にとって慎ちゃんを軽蔑するには充分だった。
 だけど、できなかった。
 私はひどく悲しくて、少しだけ、嬉しかった。
 続く台詞が、なんとなく読めてしまったからだ。

「ただ結婚して子どもがほしかったわけじゃない。おれは……陽芽とそうなりたかったんだよ」

 視界が歪み、とっさに顔を背けた。
 窓の外に舞っている雪を見上げながら、涙なんか凍ってしまえばいいのにと思った。

 私はきっと、別れてから一度も慎ちゃんの前で笑えていない。だから、最後くらいちゃんと笑いたいのに。

「違う。今でもそう思ってる。結婚なんかしなくてもいいよ。子どももいなくていい。おれはただ、陽芽と一緒にいたい」

 慎ちゃんの声は震えていた。
 私の涙も、限界を迎えていた。

「……愛してるんだ」

 頬に、ぽたぽたと雫が落ちた。
 どうしてだろう。いつだって私の願いは叶わない。