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「のんちゃん、また出してたねえ」
声がしたと同時に、ソファーの右側が沈んだ。
「モト君、もうやめたの?」
「うん」
「てことは負けたんだ」
「のんちゃんみたいに引き強くないからね」と苦笑いしながら、モト君は本棚から漫画を一冊取った。
モト君は出会ってから私のお世話係みたいになっていた。慶はたとえ負けていようが何時間でも続けるし、順調だったら閉店までいる。その間ずっと放置されて暇を持て余す私を、モト君はいつもこうして構ってくれるのだ。もはやどっちが彼氏かわからない。
慶の第一印象が雰囲気イケメンだったことを思い出したせいか、ついモト君の顔をじっと見た。
モト君は整った顔立ちをしている。くっきり二重の切れ長の目に、筋の通った高い鼻。どちらかといえば薄い唇も形がいい。
ただし緩くパーマがかかっているほぼ金色の髪とピアスがチャラ男感満載で、ちょっと近寄りがたい印象だ。私も最初はめちゃくちゃ警戒したっけ。
「え、何? そんなじっと見られたら照れるんだけど」
「モト君ってイケメンだよね。雰囲気じゃなくて正統派イケメン」
「急にどうしたの。もっと照れるじゃん」
照れると言いながらもまるで動じない。言われ慣れているのか、気にしていないのか。
どちらにせよ、あまりテンションの高低がないところが私にとっては心地よかった。感情の起伏が激しい人は得意じゃない。
やっぱり私はこういう人がタイプなのだなと、改めて思う。
もしくは──どこか彼と似た雰囲気のモト君に、彼の影を重ねているのかもしれない。
「今日もすげえつまんなそうに打ってたねえ」
「すげえつまんないからね」
「まあまあ。慶は大好きなのんちゃんと一緒にいたいんでしょ」
「何それ」
「だって、あの慶がナンパしたんでしょ? ……いや、ナンパじゃないって言ってたな」
あれをナンパと呼ばずしてなんと呼ぶのか。
「ナンパだよ。正真正銘、紛うことなきナンパ」
「はは、だよね」
ちらりと慶を見ると、すでに五箱ほど積んでいた。今日も長くなりそうだ。
右手でレバーを持ち、左手ではスマホをいじっている。顔がだらしなくふにゃけているのは無自覚だろう。たぶん私が隣にいないから油断している。
モト君と話しながら待っていると、慶が来たのは二十一時を過ぎた頃だった。勝ったらしい慶はさっきのプチ喧嘩なんてすっかり忘れ去っているようで、満面の笑みで「焼き肉行くぞ」と私の手を引いた。
待たせてごめん、なんて一言もなしに。