わたくしにとって重要なのは、ヴェロニクは攻撃対象ではないということ。ああいうタイプはいじめても楽しくない。淡々と無反応でいじめをやりすごされていじめる側のフラストレーションが溜まりそうだもの。

 それにヴェロニクみたいに、卑屈にならずに身の程をわきまえ調子に乗らない娘はキライではない。何よりいじめたい欲求がちょっぴりしか起こらなかった。断言しよう、ヴェロニクはこの物語のヒロインではなくわたくしの標的ではない。
 では、他にターゲットになりそうな令嬢はといえば心当たりはひとりしかいない。

「ボリュー伯爵令嬢のごようすは? まだ気落ちしていらっしゃるのかしら?」
「シルヴィー様は……」
 なぜか僅かに言いよどんでからラニー侯爵令嬢は続けた。
「お茶会や、先日は乗馬にもいらしてましたわね。お話はしませんでしたが」
「あらだって、それはあちらがわたくしたちのことなんて目に入ってらっしゃらないようですし」
「ええ。殿方とご一緒するほうが楽しいらしくて」
「ねえ? ヴィルヌーブ子爵と破談になってからの方がお出ましになることが多くなりましたもの」
 ふうん?

 より客観的な報告を求めてギーズ公爵令嬢を促すと、彼女はゆったりとカップを傾けた後に言ってのけた。
「近頃は、アルベール様と仲良しこよしでいらっしゃいますの」
 あらあらまあまあ、だ。アルベール様とはギーズ公爵令嬢のご婚約者であらせられる。
 無言のままわたくしがパチンと扇子で音を鳴らすと、ラニー侯爵令嬢たちはかしこまって伏し目がちになり、ギーズ公爵令嬢はそっと肩を竦めてみせた。



 思えば、ボリュー伯爵令嬢シルヴィーのことをわたくしは好きではなかった。社交界にデビューする前から婦人たちだけの内輪の園遊会や晩さん会で顔を合わせる機会は多かった。
 引っ込み思案でろくにおしゃべりもできずいつも母君のスカートの陰に隠れていた。わたくしが男の子であったなら、確実に毛虫か蛙を投げつけていたわね。貴族令嬢の体面があるからやらなかったけれど、肩の上で揺れる栗色の髪の毛を引っ張ってやりたくてうずうずした覚えがある。
 わたくしの本能は正しかった。いじめ役の境涯をまた新たにした気分である。

 シルヴィーと懇意にしているのは今のところアルベールを始めとする貴族の子弟三人。ヴィルヌーブ子爵と親しかった顔ぶれだ。
 え、あいつあの子と別れちゃったの? うっそ、なんで? めっちゃええ子やん、慰めてあげなぁ、おれ、実はちょっと気になってたんだ、ってな男心だろうか。
 間もなくそこに第一王子アンリも加わることだろう。子爵は大事な友人だ、俺が詫びるから子爵を赦してやってくれ、ってな感じに。