両脇から兵士にがっちりおさえられながら立ち上がる。振り返れば、後方では五頭の馬がそれぞれの位置についていた。
 その中央で、わたしの両手両足と首はそれぞれ縄でくくられ、縄の端は一本一本を五頭の馬へとつながれた。
 処刑の経験は数あれど、車裂きの刑は初めてだ。

 じわじわと馬たちが前進を始め、四肢を引っ張られる。この時点でもう、喉が苦しい。
 体が宙に浮き、視界いっぱいに雲一つない蒼穹が広がる。
 ああ、そうね。この世界の空は、広くて広くて青くて広くて、大好きだったかもしれない。

 痛いというより苦しい。耳鳴りがして周囲の音はもう何も聞こえない。苦しい、苦しい。でもまだ逝ける気がしない。
 わたしは今、どんな顔で観られているの? まわりの反応がわからないのはつまらないわ。苦しみ損じゃなくて?

「煌(こう)軍だ! 煌軍が城門の外にっ」
「馬鹿な、早すぎる」
「既に北門が破られて……」
「応戦しろ……」
「我々はとにかく逃げ……」

 視界の端が赤くなり始める。夕焼けのような朱色だ。
 端からだんだんと。

 まだ真っ青な視界の真ん中を何かがよぎった。
 一本の矢だ。いったん飛び上がったかと思うと、きれいな弧を描いてあっという間に落ちてくる。

 わたしに向かい。風を切って。胸を、衝撃が。

 ――おまえを処刑で死なせない、俺が殺してやる。





 …………まったくの蛇足となるが。
 この時の戦闘の混乱の中で叡(えい)公子と清蓉(せいよう)は命を落とした。
 煌軍に命乞いしようとした叡公子を見かねた清蓉が彼を短刀で刺し、自分も後を追ったのだという話も伝わっているが、真相は定かでない。

 煒(い)国の都を占領した赬耿(ていこう)は自らの主張通りに棕(そう)淑華(しゅくか)が産み落とした男児を新たな天子に立てた。
 が、生後数か月の赤子が玉座についたのはほんの十日間だけだった。

 禅譲というかたちで位を譲り受け、次に玉座にのぼったのは赬耿自身だった。
 こういう身も蓋もないやり方を実行する面の皮の厚さはさすがである。

 このとき既に煌王となっていた赬耿は、騎馬民族と手を結び軍主力の不在で手薄になっていた壅の都を制圧。煒と壅を併呑した。
 ここに煒と壅は滅亡。

 煒王家の最後の天子の生母として、赬耿は棕淑華に王太后の称号を与え、遺体を王墓に安置した。
 棕家の〈女子の栄達〉の予言は、こうして成就されたのである。

 やがて、彼女の王墓のほど近くに庵が建てられ、諸国放浪から戻ってきたとある貴人が救済園の建設を始めた。
 かつて都で評判だった棕家の救済園にいた人々も集い、新しい貧民救済の拠点ができた。

 その後間もなく〈天子〉の称号を廃した赬耿は、自らを〈皇帝〉と称した。
 赬耿が開いた煌王朝は四百年の栄華を誇ることになる。


          第二話 終