「馬鹿おっしゃらないで。プライドの高いヴィルヌーブ子爵が女子の忠告など聞き入れるはずがないでしょう。よくまわる口でこっちがお説教されてしまうわ」
「王子殿下にお口添えくださればきっと」
「それこそ無理難題だわ。わたくしとアンリ殿下は、気軽に頼みごとをしたりされたりできる間柄ではないもの」
 けんもほろろに断ると、ヴェロニクはじっとり額に汗を受かべて黙ってしまった。
 じっと目を細めて彼女を見やり、わざとらしく息をついてからわたくしは再び口を開いた。

「ねえ、ヴェロニク様。随分と虫のいいお話ではない? 殿方をその気にさせておいて、そんなつもりはなかったの、なんて近頃はやりのロマンス小説じゃあるまいし、そんな言い訳が通用するとでも思って?」
「わたくしは……」
「ご存知でしょうけれど、子爵はいっときの気の迷いで家同士の約束を反故になさるような軽率な方ではないわ。子爵にとってあなたはそれだけ価値のある女性なのでしょう」
 目を伏せたままのヴェロニクの瞳がうっすらと膜を張り、頬が赤く染まっていくのがわかった。

 ああ、イヤですわ。こんな、相手の望む言葉をかけてあげるハメになるなんて。わたくしそういうキャラじゃないのに。しかたないわ、ヴェロニクには友だちかいないのだから、ああかわいそう、と自分を納得させながらわたくしは扇子を閉じた。

「とにかく、甘ったれたことは言わないで責任は取ってちょうだい。貴族は王家に尽くさねばならず、未来の宰相閣下の心に傷を負わせたとなれば大きな損失だもの」
「承知しました」
「お話は終わりよ」
 声を震わせて肩を丸めるヴェロニクの前で踵を返す。

「……わたくしのことはイザベルと呼んでくださってけっこうよ」
 去り際にちらっと振り返ると、ヴェロニクは驚いたように顔を上げ、思わずのように笑みを浮かべていた。年相応の可愛らしい笑顔だった。




「これからはパロ男爵令嬢と仲良くしてさしあげて」
 いつものお茶会の席でのわたくしからのお願いに、五人の令嬢たちは戸惑ったようすだった。
「良い方よ。ヴィルヌーブ子爵のひいおじいさまの回顧録を一生懸命読んでらしたわ」
 あらあらまあまあ、と令嬢たちは目配せを交わし合う。

 子爵のひいおじいさまは名宰相と名高い偉大な政治家だった。その方の回顧録になんてフツウだったらご令嬢方は手を延ばさない。でもヴェロニクは内容を理解しようと必死に同じ部分を何度も何度も指でなぞっていた。子爵がよく口にする先祖のことを知りたかったのかもしれない。令嬢たちにとってはちんぷんかんぷんでつまらない子爵の話をわかるようになりたいのかもしれない。

 魔性の女は一途な少女だった。子爵と添いたいと望んでいるのだろう。わたくしに反対のことを願い出たりしたのは、揺れる女心だったのね。メンドクサイ。