「壅(よう)の作戦はあくまで煒(い)を弱らせることなのじゃないの? 暗殺なんてだいそれた真似をあなたには期待してないはず」
「わたくしが壅の間者だと決めつけているのね」
「だってそうでしょう?」
 ちらっと叡(えい)公子に視線を投げ、清蓉(せいよう)は肩を落として大きく頷いた。

「天子殺害はあなた個人の意思というわけ? 鐶(かん)王家にとって煒王家は仇だから?」
「わたくしが鐶の公女だと認めるの?」
 青白い頬を皮肉気に吊り上げる清蓉にわたしは肩をすくめてみせた。
「今となってはね。なんなら、わたしにお礼を言ってもよくってよ。天子に刃を向ける機会をあげたのだから。壅軍もさぞ攻め込んできやすくなるでしょうね」

 ふ、と笑って清蓉は目を細めた。
「ねえ、もしかして。わたくしたちの目的は同じ?」
「同じじゃないわ、失礼ね」
「毅(き)公子を次の天子に立てたところで結果は同じよ」
「そうでしょうね。でもだからって鐶の再興だってあり得なくてよ」

 ばちばちと火花を散らすわたしたちの足元で叡公子がうめいた。
「なんなのだ、そなたたちは。私はついていけない……」
 でしょうね。井の中の蛙な王子サマは時代の風向きの変化に気づきはしないだろう。

「わたくしたちを牢に入れるの?」
「馬鹿言わないで。そんな無駄なことやってられないわ。邪魔だからさっさとふたりで出て行ってちょうだい。それとも今ここでさくっと殺してもらいたい?」
「…………」
 清蓉はわたしをしばらく凝視し、それからうめくようにつぶやいた。
「なんなの? あなたは……」
 あらあら、似た者カップルだこと。言ってることが同じじゃない。

 わたしは手を振って控えていた兵士にふたりをひきずって行かせた。
「お嬢様、いいのですか?」
 残った将兵に不安そうに問われる。
「いいのよ。むしろ彼らにとって宮殿の外の方が危険だわ」
 今、都中は大混乱なことだろう。仙女サマへの恩を忘れずにいる人がどれだけいるやら。市中であれだけ庶民の味方のような顔をしていた清蓉は、偽善者の皮をはいでみれば他国に操られた亡者だったのだから。

「ところで、毅公子は?」
 その質問には答えず、わたしは広間へと引き返した。中央の壇上に、玉座と、その脇に九鼎が鎮座している。
 わたしはずんずん進んで九鼎に手を伸ばす。

「無礼者、汚らわしい手で触るな!」
 玉座を囲む帳(とばり)の陰から独特な形の冠を被った占術官が転がり出てきた。逃げるに逃げられずに潜んでいたのか。
「九鼎はおまえなどが触れられるものではない」
 おまえなどときたか。わたしは微笑んで剣を抜き、問答無用で老いた占術官を斬り捨てた。

「子豫さま!?」
 らしくないと感じてくれたのか、まわりの皆が息を呑む中、わたしはがしっと九鼎を掴んだ。
 なにさ、こんなもの。曰くありげな文様が入っているだけのただの鍋じゃないか。レガリアなんて、そんなものだけど。

 わたしは九鼎をひと撫でしてから手を離し、さらに壇上へと足を進めた。