正殿の広間は無人だった。磨き込まれた床板は鏡のようで、わたしの立ち姿を反射している。
「お嬢様!」
 奥の間から父上の配下だった兵士たちが戻ってきて報告した内容は、予想外というか、なんというか。

 一緒に引きずってこられた叡(えい)公子は、青白い顔で床にへたりこんでいる。
 品の良い端正な貴公子顔でいらっしゃるので、こうした絶望にうちひしがれた表情も絵になる方だ。
 まさに悲劇のヒーロー。だか、彼自身にもこうなってしまうだけの原因があったわけで。

「お気の毒なことですわ、叡公子」
 わたしは同情を込めて、立ったまま公子に話しかけた。
「こうなった以上、あなたが自分でお決めにならなければなりませんわね。今この場で、王権を放棄して投降するか。それがいやなら戦うか」
「私は、私は……」
「あなたがあてにしていた清蓉(せいよう)はいませんよ。さあ、ご自身のお考えで決めてくださいませ」

「……おまえも棕(そう)家の女なのだな、子豫(しよ)。私を利用して……」
「わたしにはあなたは必要ありませんわ。あなたを利用しなくてもわたしは自分のしたいことができるのだもの。あなたがわたしの邪魔をするのなら斬るだけですし、邪魔をしないでくださるのでしたら、どこへなりとご自由に。さあ」

 呆けた様子で視線をさまよわせていた叡公子はここでようやくわたしに目の焦点を合わせ立ち上がった。
「おまえは私をなんだと思っている!? 私を利用しろよ! 利用されてやると言ってるんだ! 私は天下でただひとり天子になれるんだ、唯一無二の存在なんだ! 利用されるだけの存在なのだ、私は!!」

 はあ、そうですか。会話のままならなさにわたしは諦めモードでため息をつく。そうよね、こういうタイプのヒーローだっているわけで。

 わたしは目線で兵士に指示して叡公子を連れいったん正殿の外に出た。この前庭で、父上は自刃したのだ。
 石畳に叡公子を跪かせ、わたしは剣を抜いた。
「清蓉!」
 声を張ると、無駄に広い石畳の空間に声が波紋のように広がり響いた。

「まだそのへんにいるのでしょう!? 出てきなさい! 出てこなければ叡公子を斬るわ。わたしは痛くも痒くもないわよ、だって、いらない人だもの。おまえももう、いらないの? ならここで始末してあげる!」
 ヒーローによる断罪は、芝嫣姉さまが受けきってくれた。わたしは、もうこの方に用はない。
 本気で殺すつもりで剣を振り上げる。目の端に、白いものが揺れた。

 前庭を取り囲む回廊の柱の陰から清蓉が出てきた。音もなくこっちに歩み寄ってくる。青白い顔。薄いくちびるに色はなく、まるで亡霊のようだ。
「来たわよ、叡公子を離して」
 亡霊は、水のような静けさで言った。約束なので、わたしは剣をおさめる。

 叡公子は自分を助けに出てきた清蓉を歪んだ顔つきで見上げ、すぐに目を伏せた。わたしは内心でまたため息をつきながらそれを見やり、気持ちを切り替えて清蓉と向き合った。

「奥の間に天子と王后の亡骸があったわ。ふたりを亡き者にしたのはおまえね?」
 清蓉は口角を上げてわたしの問いかけを肯定した。