朝、まだ篝火がたかれた宮殿の正門前では見張りの兵士が眠そうに目をこすっていた。
次の瞬間、飛来した矢に首を射られ、兵士は真横に倒れた。
敵襲を察した他の兵士たちが晒し台を取り囲む。城門の上の鐘楼では弓兵が矢をつがえる。
朝靄を分けて光が差し込む大通りに武装の一団が姿を現した。
甲冑の将兵から農具や木材を手にした都人まで。戦うという目的だけで固く結ばれた叛乱部隊だ。
同時に、都中では富裕層の屋敷を狙って次々と襲撃が起きていた。
「ここだ! この屋敷には食べ物がたくさんある!」
「こっちもだ! ここの家令が豆を買い占めていたからな」
子游(しゆう)たち救済園の手の者が煽り、日々の貧しい暮らしに耐えに耐えていた人々は、武器になるものを手に取りここぞとばかりに怒りを爆発させた。
脱出しようとしても馬車も襲われ、貴人たちは逃げ惑う。彼らが抱えた私兵は主人の警護に手いっぱいで、わざわざ宮殿に駆けつけはしないだろう。
今の宮中に余剰戦力はない。外から駆けつける援軍ももちろんない。宮殿の閉じた正門を前に、突撃隊を率いたわたしと毅(き)公子は頷き合った。
盾を手にした自警団員を前列にして広場へと進む。
鐘楼から矢の攻撃が始まった。日々鍛錬に励んでいた自警団員たちは上向けた盾を隙なく組んで矢を防ぐ。
盾の陰で〈気〉を練り上げていたわたしは、飛んでくる矢が途切れた瞬間、短く叫んだ。
「いまっ」
「下ろせー!」
盾の防壁が消え、開いた視界の真正面に城門上の鐘楼。また矢をつがえた幾人もの弓兵たち。
「八相星剣(はっそうせいけん)!!」
馬鹿の一つ覚えの必殺技を食らいなさい!
わたしがふりあげた手のひらから金の光が広がり、出現した黄金色の八本の剣は、倍の十六本、更に倍の三十二本になって鐘楼の弓兵へと襲い掛かった。
「子豫(しよ)さま、すげえ!」
自警団員の皆が口々に褒めてくれたけど、これがわたしの限界、あとはもう何も出なくてよ、おっほほほ。
実は殺傷力はそれほどないわたしの唯一の技は、見た目のインパクトは抜群なので鐘楼の弓兵らを封じるには十分だ。
敵の混乱に乗じて、武器を手にした近接メンバーが飛び出し広場の兵士たちへ攻撃を開始した。
斬りかかる、薙ぐ、突く、叩く、蹴る。乱戦の中、宮殿内の兵士が応援に駆け付けようと正門が開かれる。
馬鹿め、これを待っていたのよ。
「城門をこじ開けろ! 行け! 行け!」
怒号をあげて叛乱部隊は突入していく。
慌てて内側から城門が戻されようとしたけれど、もう遅い。城門内に侵入したメンバーは勢いを止めずに宮殿の兵士を切り崩して正殿を目指す。
それを見送る形で広場の敵兵を掃討した毅公子は、ようやく、晒し台の芝嫣(しえん)姉さまと向き合った。
「待たせたな、芝嫣。もう二度と離さない、ずっと一緒だ」
さようなら、姉さま。
芝嫣姉さまをかき抱く毅公子の背中に挨拶してから、わたしも宮殿内へと駆け込んだ。
公子に頼るのはここまでだ。ここからは、おいしいところは全部わたしがいただくのよ、くっくっく。