宮殿正門前でさらし首に処された芝嫣(しえん)姉さまの死に顔は、ドロドロの愛憎劇を演じた果てに男に殺されたのだとは想像もつかないほど愛らしかった。
さすが芝嫣姉さまだ。ここへ来てもまだ、見られることを意識するだなんて。
かつて予言の主として都で名を馳せた棕(そう)家の娘。名だたる忠臣の令嬢で王太子にも愛された。そんな美しい少女がこんな姿に……。
叡(えい)公子が憎しみから命じた刑は、都の人々に棕家への同情心を思い起こさせた。
それもこれもひとえに、芝嫣姉さまが可憐だったからだ。怒りの形相の生首ではこうはいかなかっただろう。ほんとうに、死んでも姉さまには頭があがらない。
「子豫(しよ)様! 姉君をあのままにされるおつもりですか!?」
「そうです、お嬢様。我々がお手伝いいたします。どうか、将軍の無念を!」
決起を迫る声はいよいよ大きくなり、わたしもはやる気持ちを抑えきれなくなってはいた。わたしの前に集まり、口々に宮廷への恨みを述べる人々を前に、わたしはひたすら瞑目していた。
すると。ざわ、と場の空気が変わった。
来た! わたしは目を開け、組んでいた片足を下ろして立ち上がった。
人々の列が割れ、後方から武装の青年が近づいて来た。
砂除けの外套を纏っているものの、身分の高さを表している華麗な鎧が砂ぼこりで汚れている。きっと、都まで駆けに駆けて戻ってきたのだろう。
「子豫」
凛々しい頬も黒く汚れていて、それでも毅(き)公子は美男子でいらした。
「私も決起に加えてくれ」
わたしの返事を待たずに「おお!」と周りで先に喚声があがる。
当然だ。叛乱を起こすとなれば大義名分と旗印が必要だ。正直わたしでは正統性に欠ける。
だが、先頭に立つのが毅公子となれば。天子と宮廷に巣食っている悪臣たちを倒した後の未来図をそのまま描くことができるのだから、皆の士気が上がるのも当然だ。
けれど、確認はしておかなければならない。
「毅公子」
わたしは組んだ手を上げて挨拶し、声が漏れ聞こえないよう口の横に手をかざしなから尋ねた。
「あなたの目的は?」
「芝嫣を取り戻したい、それだけだ。この国がどうなろうが関係ない。俺は芝嫣を弔いながら各国を放浪でもするさ」
きっぱり言いきった毅公子の言葉は、わたしの胸さえ熱くさせた。
「わかりました。でも今は、旗頭になってもらいます」
公子は強ばった頬にひきつった笑みを浮かべたかと思うと、居並ぶ人々を振り返り、ぐっとこぶしを上げてみせた。
わっと再びあがった喚声が、いつしかかちどきの声となって救済園中へと広がった。
その中心で、わたしも静かに闘志を燃やしていた。
芝嫣姉さまは〈悪役令嬢〉にふさわしい最期を遂げた。わたしの役目を姉さまが担ってしまった。ならばわたしは?
わたしは、さらに壮絶に散ってみせなければ、それこそ悪役令嬢の名が廃る!
さあ、ごらんあそばしませ。悪役令嬢のその先へ。先の先へと、わたしは行ってみせましょう。