父上に言づけられていた通り、各領地にいる兄たちに手紙を書いた。訃報に動じず、今は軍事に専念し守りを固めるべしとの父上の言葉を伝えた。
父上の遺体は長兄の元へと送った。血生臭い都を離れ、安らかに眠ってほしかった。
盛虎(せいこ)将軍府は解体されたので、わたしと芝嫣(しえん)姉さまは救済園の家屋に移り住んだ。
芝嫣姉さまは泣いてばかりで、奥の部屋から出てこようとはしなかった。
わたしは良家の女子らしい華美な装いをやめ、男性のように髪を上げて髷(まげ)を結い、救済園を差配しながら子游(しゆう)たち手の者に指示して都中はもちろん城壁の外のことまで探らせた。
都は今、奇妙に静まり返っていた。
仙女さまと人気を博した清蓉(せいよう)が王太子の后になることが決まり、煒(い)は大地の女神様のお力で守られる、安泰だ、と声高に話す人々がいる一方で、廷臣や富裕層の財産隠しはいよいよ膨れ上がり市場に出回る物資が乏しくなっていた。
壅(よう)との開戦が近いのに女神の護りとやらをあてにした楽観論が流れ、だがそんなものは上澄みで、日々の食料にも困る貧しい人々にとってはどうでもいい話なのだった。
救済園は自給自足できるから問題ないが、食べ物を求める人々の数は日増しに増えていた。
父上を慕う将兵たちが軍を抜け、駆け込んでくることも少なくなかった。
はっきり口にする者はいなかったが、父上の元配下たちも救済園の自警団員たちも決起したがっているのは明らかだった。
だがわたしはまだ、その期待に応えることはできなかった。
まだだ。まだ機は熟していない。
そんなある日、ふらりと部屋から芝嫣姉さまが出てきた。
「子豫(しよ)」
泣きはらした目を隠しもせず、意地悪な笑顔も今はなく、芝嫣姉さまはむすっとわたしを呼んだ。
「あんたにはあんたの考えがあって準備しているのはわかるわ。でもわたしは我慢できない。許せないの、あいつらが」
その瞳をもう涙で濡らすことはなく、腫れたまぶたを冷やして化粧を施し、精一杯の装いで着飾って芝嫣姉さまは宮中に向かった。
わたしは、芝嫣姉さまを止めなかった。
「最後に一目、叡(えい)公子にお会いしたいのです。御前でお詫びさせてください」
涙ながらに訴える芝嫣姉さまの願いを叶えてあげたいと誰もが思ったことだろう。姉さまの愛らしさはそれだけで武器になる。わたしには真似できない。
叡公子のそばには当然のように清蓉もいた。芝嫣(しえん)姉さまはしずしずとふたりの前に膝をつき、いかに自分が叡公子を想っていたか、いかに王后(おうごう)として煒(い)のために尽くす決意であったかを切々と訴えた。
「いまさら何をいっても仕方ないのですね。わたくしは罪人の娘ですもの。こうなっては、冥府から天子となった公子さまの栄華を見守るのみです」
姉さまは袖から短刀を取り出し、自分の喉元にあてた。
驚いた叡公子が席を立ち転がるように姉さまへと駆け寄った。
「愚かなっ。何をするつもりだ!」
「こうするのですわ」